【沖縄観光】沖縄のグスクを巡る旅 その2

南国日記~沖縄移住の記録~

ブログをご覧いただき
ありがとうございます。

今回のテーマは
沖縄のグスクを巡る旅
その2をお届けします。

★その1はこちら★

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渡名喜島に行く船が欠航し、
泊港から原付でグスク(城)
巡ることにしました。

原付を走らせること2時間。
やってきたのは
読谷村の座喜味城址です。

世界遺産に登録されている城址です。
1420年頃に読谷村按司・護佐丸
によって築かれました。

DSC_0689

門は中央に「くさび石」があり、
2つの石を嚙合わせることで
造られているアーチ石門が特徴。

くさび石を用いる方法は
他のグスクには見られないそうです。

と言われても
「すごーい」とはなりません。
いかんせん地味です。

琉球石灰岩で出来た城壁は
「あいかた積み」
という手法が用いられており、

これは当時の築城技術が
優れていたことを表しているそうです。

15世紀から16世紀までの
中国製の青磁と陶器の出土品が多く、
護佐丸が1440年に中城城へ移った後も
座喜味城は使用されたと
考えられています。

標高120mほどの丘陵地に立地しており、
読谷村のほぼ戦域を
眺望することが出来ます。


他のグスクも基本的に
高台に位置しているので
どこも絶景スポット。
これは個人的に意外な発見でした。

高台にあるということで、沖縄戦中は
日本軍の高射砲陣地として利用され、
戦後は米軍のレーダー基地が
設置されたそうです。

こちらはインバウンドの団体旅行。
ただ、それ以外は
平日だったこともあり、
人は全然いませんでした。

ということで、
次の城址へと向かいます。

やってきたのは
うるま市の勝連城址です。
こちらも世界遺産のひとつ。

スマホで体験する勝連城址。
案内板にあるQRコードを読み込むと、
600年前、城が使われていた
当時の風景が360°パノラマで
楽しむことが出来るようです。

(私はやりませんでした…笑)

勝連城の城主は勝連按司から
10代の城主阿麻和利まで続いたと
伝えられています。

沖縄最古の歌謡集である
「おもろさうし」に阿麻和利は


「千年もこの勝連をおさめよ、
 勝連の名高き王」

と称えられています。

そんな阿麻和利が治めた勝連は
「きむたか(肝高)」と表現され、
日本本土の
京都や鎌倉に例えられるほど
繁栄していたそうです。

1458年には座喜味から中城に
居城を移した護佐丸を滅ぼし、
さらには国王の居城であった
首里城を攻めて大敗し滅びました。

国王に最後まで抵抗したのが
阿麻和利だと言われています。

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つまり、
阿麻和利が滅ぼされたことによって、
首里城を中心とする
中山の王権の安定感が増しました。

では、阿麻和利の見た目は
どんなかというと…

(笑)。

勝連城址からの景色が
巡ったグスクのなかで
最も綺麗でしたね。
沖縄県内の絶景スポットの
ひとつだと思います。

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次は中城城址へと向かいます。

というところで今回はここまで。

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本日もありがとうございました。

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