日本最強の城「金田城」と、城山山頂周辺に残る明治期の砲台|2020年 長崎・対馬旅行記 その7

対馬旅行記

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今回は【島旅・2020年 長崎・対馬旅行記】その7をお届けします。

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日本最強の城「金田城」

金田城は2019年にNHKで放送された、「あなたも絶対行きたくなる!日本『最強の城』スペシャル」第4弾」において、日本最強の城に選出されたそうです。

ちなみに、番組内で定義されている「最強の城」とは、城好き芸能人の皆さんが選ぶ、「視聴者の皆様にぜひ訪ねていただきたい城」とのこと。

それにしても、この山によく城を築いたなと思うものです。

頂上まで残り10分のところまでやって来ました。

城を築いたのは、主に関東から徴兵された「防人」と言われる人たち。家族や故郷を想う心情は、万葉集の「防人の歌」として伝えられています。

時は600年代、当時の大和政権は外国からの侵略に備え、「対馬」「壱岐」「筑紫」等に、外敵の襲来などを都に急報するための設備「烽火」と、国境守備兵「防人」を配置したのでした。

城山の山頂に到達

登り始めてから約40分。城山の山頂に到着しました…と、思ったらここが山頂ではなく、もう少し登ったところが山頂のようです。

一般的に想像されるようなお城とは異なり、登山道沿いに残る石垣などを見物することで、「この山全体がお城だったのか」と分かる感じなので、完全に登山(トレッキング)です。

ということで、山頂(標高276m)に到着しました。

そんな城山に築かれた金田城は、戦国時代のお城のように、地元の権力者が築いた城ではなく、667年、大和政権によって築城された城です。

日本書紀」には、667年11月、高安城(大阪府・奈良県)、屋嶋城(香川県)、そして金田城が築かれたと記されています。

山頂の絶景と今も残る旧軍施設の跡

それほど標高が高いわけではありませんが、海に面しているため、山頂からは大パノラマが広がります。

大小いくつもの入り江と島々が、複雑に入り組んでいる浅茅湾。

壱岐対馬国定公園にも指定されています。

水分補給がてらちょっとだけ休憩。まだまだ対馬で巡りたい場所があるので、ゆっくりしていることも出来ません。

こちらは山頂のすぐ近くにある、明治期に作られた砲台の跡。今は砲台が残っているわけではないので、そうだと言われなければ分かりません。

国防のための重要な拠点として、対馬の地位は変わらず、明治期には金田城を再整備する形で、城山砲台が建造されたのでした。

こちらは弾薬庫の跡だと思われます。特に注意書きなどもないので、中の様子を覗いてみると…

こんな感じで、特に何もありません。

山の上で人も誰もいないので、不気味さはあります。

こちら井戸の跡だと思われます。

私が歩いている登山道も、軍道として整備された名残です。

結局山頂にいたのは15分くらい。走って下山したので、20分くらいで登山口に戻ってきました。

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今回はここまで。本日もありがとうございました。

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