鬼界カルデラ外輪山の島!平家城展望台から活火山・硫黄岳を眺める|2017年旅行記その11

旅の思い出

ブログをご覧いただきありがとうございます。

今回は「九州・沖縄の島を巡る旅(2017年)」旅行記その11をお届けします。

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移住したら子牛がもらえる

硫黄島で人が住んでいるエリアは港周辺だけ。島の人口は114人(令和2年4月)です。

硫黄島は鹿児島県三島村に属しており、三島村には他に「黒島」と「竹島」があります。三島村全体の人口は348人(令和2年4月)。

全国にある1735市区町村の中で、7番目に人口が少ない村です。

ちなみに最も人口が少ないのは青ヶ島村、次いで御蔵島村、利島村と東京都の島々が続くのもまた興味深いです。

三島村では移住定住を促進しており、移住するとなんと、子牛1頭が貰えるのです!

「みしま牛」のブランド確立を目指し、畜産を推進しているようです。

でも逆に「牛を貰っても困る」という方もいるはず。正確には、子牛1頭または30万円(1人世帯)が貰えます。

★詳細はこちら★

http://mishimamura.com/summary/319/

薩摩硫黄島飛行場

硫黄島には飛行場もあります。

毎週月曜日と水曜日の週2便、硫黄島と鹿児島空港を50分で結ぶ、定員3人のセスナ機が飛んでいます。

島民の方は片道5,000円で利用出来ますが、一般の場合は片道20,370円かかります。

飛行場は開放されていますが、立ち入りは禁止です

道端にポツンと立つ公衆トイレ。便利ではありますが、何だか不気味です(笑)

そして注目すべきはトイレの背後!

丘の上に牛さんたちがいます。

港があって、その周辺に集落があって、あとは緑が広がっています。

ここからどうやって集落まで行くんだ…

という感じです。このうっそうとした森の中に道があるのです。

この写真なんか緑しか映ってないです(笑)

ズームなどをして、景色の一部を切り取っているわけではありません。写真の中央やや左に、小さな小屋があるのが分かりますか?

こちらは「冒険ランドいおうじま」という施設。『青少年の家』に近い施設で、キャンプが出来たりもします。

島を歩いていると、その名の通り、硫黄独特の匂いが鼻を突くことがあります。

集落から外れた道は木々に囲まれており、電線はあるものの街灯はありません

平家城展望台と俊寛

恋人岬から1時間ほど歩いてやって来たのは、島の北部にある平家城展望台です。

平清盛の時代、平氏打倒を図った藤原成経・平判官康頼・大僧都俊寛の3人が流刑に処され、都から硫黄島へ流れ着きました

これに加えて、1185年の「壇ノ浦の戦い」に敗れた平家が、崩御した安徳天皇を守りながら硫黄島に辿り着いたという伝説も残されています。

展望台から見える海。こちらにも硫黄成分が溶け出しているようで、独特の色をしています。

天気がいいと、ここから鹿児島の開聞岳が見えることもあるそうです。

平家は鹿児島方面から敵がやって来ないかを見張るため、この地に平家城を築いたと言われています。

この像は『第18代中村勘三郎三島村歌舞伎「俊寛」上演記念碑』です。俊寛は平家打倒を企てたとして、硫黄島への流刑を処された3人のうちの1人。

流刑の翌年に、平清盛の使いが赦免状(罪を許す旨を記した文書)を持って島へやってきました。しかし、その赦免状に俊寛の名前はなく、他の2人だけが島を離れることとなりました

俊寛は船に乗せてもらうように泣いて頼んだそうです。結局その願いは叶わず…

その時の様子を中村勘三郎さんが、実際にここ硫黄島の海岸を舞台に歌舞伎で演じたことがあるそうです。

こちらの俊寛像は平家城展望台とはまた別のところに設置されているものです。

俊寛が島に取り残されてから半年後、都にいた頃俊寛の面倒を見ていた、有王という人物が島へやって来ました。そこで俊寛は娘からの手紙を受け取り、妻と息子が亡くなったことを知ります。

その日から俊寛は食べ物を一切口にすることなく、念仏だけを唱え、37歳でその一生を終えました

硫黄島は鬼界カルデラの外輪山の一部

日本最南端のジオパークにも認定されている硫黄島。

硫黄島と竹島の間の海底には、火口の直径が20kmにもなる「鬼界カルデラ」があります。

鬼界カルデラは、約7300年前の「アカホヤ大噴火」によって形成されました。

当時、この噴火によって地震や津波も発生し、縄文文化を壊滅させた原因とも言われています。

硫黄島はそのカルデラの外輪山の位置し、今でも活火山として、煙を上げ活動しているのです。

平家城展望台を後にして集落へ戻ってきました。

集落に面する海も硫黄岳の硫黄成分が溶け出し、茶色くなっています。波が打ち寄せる砂浜も赤茶色です。

岸壁やテトラポットも茶色に。

港内には浮かんでいたタンク?

堤防の内側と外側で海の色が変わります。

堤防があることで、硫黄成分が港内に留まり、この茶色い海を作っていると思われます。

きっと堤防がなければ、海流の影響を受けて硫黄成分の濃度が下がり、ここまで茶色くならないでしょう。

この辺が色の境目部分。

島に近づくと、海の色は【青→緑→茶色】のように変化します。

そうこうしているうちに、あっという間に18時。この日の散策は終了。宿へ戻ります。

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今回はここまで。本日もありがとうございました。

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