三山時代に栄えた「南山城跡」と拝所が残る「八重瀬グスク」|「ニッポン城めぐり」を使って沖縄南部のグスク巡り 旅行記 その3

南国日記~沖縄移住の記録~

ブログをご覧いただきありがとうございます。

今回はアプリを使って
グスク巡り」をしたときの様子(その3)
をお届けします。

★前回の記事はこちら★

三山時代に栄えた「南山城跡」

ニッポン城めぐり」というアプリを使って
沖縄本島南部にあるグスクを巡っています。

サトウキビや果物の畑が多い沖縄南部。
のどかな景色の向こうには海も見えます。

一方で、空港や那覇市街からも近いことから
都市化が進んでおり、
人口も年々増加しているエリアです。

そのため、住宅に囲まれた場所に
グスクがあったりもします。

やってきたのは南山城跡

隣は小学校になっており、遺跡の大半が
糸満市立高嶺小学校の敷地内にあたるそうです。

ただ、普通に見学することは可能です。

鳥居が置かれています。

ここは神社ではありません。

沖縄で「国家神道」を普及させるため、
明治政府は沖縄の人々が祖霊神への拝みをする
御嶽や拝所を神社とみなし、

鳥居の設置を進めたようです。

ちなみに鳥居の右側にあるガジュマルの木は
「沖縄の名木百選」にも選ばれています。

この建物は人々が拝みをする拝所です。

城跡らしきものは、周囲を囲む石垣以外に
特に分かりませんでした。

南山城跡は13世紀頃に築かれ、
14~15世紀前半に栄えたそうです。

朝貢によって王であることをアピールした

琉球王国による統一以前の沖縄は
北山、中山、南山の3つの勢力に
分断されていました。

三山の王たちは、明(中国)との交易を
進めることで、自らが国の王であることを
アピールしました(朝興)。

南山では合計22回の朝興が行われたそうです。

15世紀になると、中山の王、
尚巴志が琉球王国を統一しました。

南山城跡は周囲を木々に囲まれているため
じめじめとしており
ガジャン(蚊)の数が凄い…

少しの時間でしたがかなり刺されてしまいました。
南山城跡の次は八重瀬グスクへと向かいます。

八重瀬グスクに到着

八重瀬グスクは八重瀬公園の敷地内にあります。

写真は公園の駐車場からの景色。

南部一帯を見下ろすことが出来、
かりゆし58の「アンマー」という曲のPVにも
この景色が登場します。

この日はうっすらと
慶良間諸島の島影も見えていました。

本殿跡」と書かれた看板がありますが
石垣など、グスクらしきものはありません。

ここは今から600年前に築かれた
八重瀬按司の居城だったようです。

按司(あじ)とは、琉球・奄美の島々に存在した
地方豪族の首長やその家族の称号のこと。

現在は拝所や井泉がポツポツと点在しており
それらにまつわる伝説や民謡が残されています。

ということで、八重瀬城を攻略しました。

すると、官位「主膳佑」に叙任されました。

よく分かりませんが、
レベルアップしたのはいいことです。

これで3つのグスクを落としました。
急いで次へと向かいます。

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ということで今回はここまで。
本日もありがとうございました。

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