【舳倉島】数少ない観光スポット?島の二大シンボル「へぐら愛らんどタワー」と総本山・ 奥津比咩神社へ|2018年旅行記 その12

舳倉島

ブログをご覧いただきありがとうございます。

本日は2018年のアルペンルート・舳倉島旅行記 その12」をお届けします。

これまでの旅の思い出を振り返ります。

★前回の記事★

島のシンボル・へぐら愛らんどタワー

舳倉島は平坦な島です。歩いているとどこからでも、島の中央にある、島で最も高い建物を見ることが出来ます。

こんな感じ。こちらは「へぐら愛らんどタワー」。アイランダーで舳倉島ブースにいたスタッフの方から「島で唯一の観光スポット」と言われていたので、見学しないわけにはいきません。

「これ入っていいのか?」という雰囲気でしたが、入口の鍵は空いていたので早速タワーの中へ。受付の人などもおらず、鍵は自動で施錠され管理されているようです。

まずは靴からスリッパに履き替えます。

へぐら愛らんどタワーには「舳倉島の自然・地勢」「舳倉島の渡り鳥」「輪島の名所・伝統芸能」と、各階ごとに島の資料などが展示されています。

舳倉島には固有種のカタツムリもいるようです。

でもやっぱりタワーといえば、展望スペースからの景色が一番の楽しみです。が、立ち入り禁止でした (笑) 建物の中からは大した景色も望めません。

スズメバチも飛んでいたので、早々に外へ出ました。

こちらのタワーの本来の目的は簡易水道の高架排水塔です。屋上で海水が飲用水に浄化されています。つまり、舳倉島の生活用水のベースは海水なのです。

ただの荒野ではない・シラスナ遺跡

反時計回りで島を歩いており、島の北から西側へやってきました。こちらは「八坂神社」。防疫神として、島の人々の拠り所になっているそうです。

道端にあるこの小さな祠も「大牟田神社」という神社のひとつです。ネットを調べても詳細は出ておらず…

人の気配は一切感じられない荒野が広がります。一見するとただの原っぱですが「シラスナ遺跡」という遺跡なのです。

このあたり一帯は古墳時代から平安時代にかけての遺跡であったとされ、貝塚やアシカの骨、製塩土器、牛の骨などが発掘されたとか。

舳倉島の総本山・ 奥津比咩神社

そしてこちらが奥津比咩神社舳倉島に点在する神社の総本山で、舳倉島では奥津比咩神が神とされています。

そのため、舳倉島はもともと「奥津島」とも呼ばれており、大友家持も万葉集で「沖つ島」と詠っています。江戸時代初期に、今の伊勢神社(舳倉島)の場所から現在地に遷座されました。

かつては舳倉島に人が滞在するのは夏の時期だけだったこともあり、対岸の輪島市内にも里宮として、同じ名前の神社があります。

狛犬もいます。神社の由緒は不明だそうですが、近世初期に筑前国鐘ケ崎から渡来した12名が舳倉島で漁業を営むようになり、この神社を深く崇拝したとか。

以降、彼らの故郷にある宗像大社の信仰を受けて産土神と仰ぐようになりました。

すぐ隣には大和田神社もあります。

歩き始めてから約2時間。引き続き港を目指して歩いていきます。

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ということで本日はここまで。今回もありがとうございました。

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