第二尚氏・尚円王(金丸)が生まれた島。琉球国王の歴史とルーツに触れる|2018年 伊是名島旅行記 その3

伊是名島旅行記

ブログをご覧いただきありがとうございます。

今回から「2018年 伊是名島の旅 その3」の旅行記を綴ります。

★前回の記事★

伊是名島と沖縄戦

大みそかの伊是名島を車で1周しています。

こちらは沖縄戦の慰霊碑です。

ネットを調べた限りだと、戦時中の伊是名島の様子はほとんど出てきません。お隣の伊平屋島には1945年6月3日に米軍が上陸しているので、きっと同じころ、上陸・占領されたのでしょう。

一方で、記録があまり出てこないということは、島内での犠牲者は少なかったと思われます。

★沖縄戦 戦跡巡り★

難攻不落の城・伊是名城跡

こちらの三角山には、琉球王国を成立させた尚巴志の祖父・鮫川大主によって、伊是名城(グスク)が築かれました。

島の南東に位置し、自然の山に築かれた城であることに加えて、三方を山に囲まれていることから、「難攻不落の城」と言われたそう。ただ、現在はここがお城であった面影は感じられません。

山の麓には、国の重要文化財にも指定された伊是名玉御殿があります。

伊是名島は第二尚氏王統の祖である金丸(尚円王)の出身地。そして、伊是名玉御殿が金丸の父と母のお墓になっています。

ここで少し琉球王国の王統について、簡単にご紹介します。

尚円王(金丸)の出身地、琉球王国のルーツ

琉球王国以前、沖縄本島には北山・中山・南山という、3つの勢力が存在しました。そんな中、中山の王が北山と南山の王を倒したことで、沖縄は統一され、1429年に琉球王国が成立しました。その時の王が「尚巴志」という人物です。

以降、琉球王国の王家には「尚氏」という性が付けられるようになります。

琉球王国成立後、王国内で様々なゴタゴタがあったようで、クーデターが起こります。これによって琉球国王に即位したのが、伊是名島出身の金丸だったのです。以降、金丸は尚円王と名乗るようになります。

ちなみに、金丸は伊是名島の百姓出身。24歳まで島で農業を営んでおり、家族とともに国頭、そして首里へと移り、どうやらそこで偶然、王の家臣になったようです。家臣から昇進を続け、金丸が王になったのは55歳の時でした。

クーデターの前後で王家の血筋が変わっていることから、琉球王国成立から金丸のクーデターまでの王統を「第一尚氏」、クーデター以降の王統を「第二尚氏」と呼んで、区別がされています。

第一尚氏の時代が7代63年間であったのに対して、第二尚氏の時代は廃藩置県までの、19代410年続いています。伊是名島出身の金丸(尚円王)は、琉球王国の一時代を築いた人物なのです。

伊是名城は第一尚氏の祖父によって築かれ、その麓には第二尚氏の父母のお墓がある… まさに、琉球王国のルーツがここにあります。

あまり知られていない伊是名島ですが、小さな島なので、島のあちこちに金丸ゆかりのスポットが点在しており、沖縄好きな人は必ず行くべき島です。

私も伊是名島に訪れるまで詳しく知りませんでしたが、沖縄の歴史を辿る旅も、なかなか奥が深いです。

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今回はここまで。本日もありがとうございました。

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