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今回は「御船印をゲットする旅 2021年6月編」をお届けします。
御船印を求めて東京へ
6月下旬のとある休日。
梅雨の雨が降る那覇空港にやってきました。休日に那覇空港へ来るのは、私にとって定番の流れです。
★参考:沖縄移住者の休日★
約2週間ぶりの那覇空港。
前回は「御船印」をゲットするため、大阪へ飛んで、福岡から帰ってきました。
★参考:御船印の旅★

こちらの写真は…分かる人には分かるはず。
手荷物検査場の先、搭乗ゲートです。

ジェットスター304便にて成田へ、そこから東京と向かいます。
今回は東京で、新たな「御船印」をゲットします。
最後に東京へ行ったのは2020年2月ということで、1年以上ぶりです。
★参考:前回の東京の旅★
まずは那覇空港から成田空港第3ターミナルへ
1泊2日の東京の旅。
知り合いの家にお世話になるので、手土産を準備しました。

旅好きとして、こうした手土産にはこだわりたいところ。
誰でも買うことが出来るような、箱に入ったお菓子ではなく、沖縄に住んでいるからこそ届けられる(と思う)ものを選びました。
それがこちら。

オクラ・3種のWATTA・島とうふ
沖縄のオクラはサイズが大きく、WATTAは「マンゴー」「パッションフルーツ」「シークワーサー」という、沖縄ならではの果物の味、島とうふは島とうふです。
我ながら、なかなかマニアックな沖縄土産だと思います。

機内はそこそこの搭乗率。
半分以上は席が埋まっているのではないでしょうか。
成田まで約2時間半のフライトです。

ということで、成田空港第3ターミナルに到着しました。
フードコートのお店たちもシャッターが目立ちます。
東京へ行くのは1年以上ぶりですが、成田空港自体は、2020年9月「1泊2日 日本1周の旅」ぶりです。
★参考:1泊2日 日本1周の旅★

この日は6月23日ということで、沖縄の「慰霊の日」について、成田空港でもニュースが流れていました。

ちなみに、私もこの日、平和祈念公園に行ってから飛行機に乗りました。
早朝だったので人は少なめ。
私が来てからの2年、慰霊の日は朝から雨が降っていて、式典の時間に晴れるという流れでしたが、今年はずっと雨だったようです。

TOKYO2020。
沖縄では『オリンピック感』が全く感じられないので、こうしたものを見ると、「あ、本当にやるんだな」と気付かされます。
成田空港からバスで東京駅へ
時刻は15時。

成田空港と東京駅をバスで移動するのは、私にとって定番です。
旅行に行くときはもちろん、沖縄に移住する当日も、このバスに乗って、東京駅から成田空港へ向かいました。

東京駅までの所要時間は約1時間、料金は1300円。
鉄道を利用した場合の最安である、京成本線を利用するよりも100円だけ高いものの、コンセントもWi-fiもあるので快適です。
日中は15分おきに出ているのも助かります。

人はほとんど乗っていませんでした。
インバウンド観光客には知られた交通手段のようで、これまでの利用者は外国人観光客が多かった印象です。
2020年2月1日よりTHEアクセス成田とTokyoShuttleが一つになり、現在はTYO-NRT(エアポートバス東京・成田)という、ひとつの路線になっています。

都会らしい景色が見えてきました。
澱んだ空が、色のない都会の景色を、より引き立てています。

16時55分、東京駅に到着しました。
すでに夕方ですが、まだ明るいので、ここから夜まで、久しぶりに東京の大都会を探検したいと思います。
東京駅から銀座方面に歩く

もう少し「久しぶりだな」「都会やっぱ凄いな」を感じるかと思ったのですが、意外とそうでもありません。
感覚が身体に染みついているのでしょうか。
また、コロナ前後で、街の雰囲気の変化も全く感じられません。

歩道を歩いているだけで、こうした情報が勝手に目に入ってくるのは「東京」を感じます。
視界から入ってくる情報もそうですが、聞こえてくる他人の会話の量も違います。
だからこそ、都会にいると、たまに自然の環境に身を置いて、自然の景色や音に触れたくなるのだと思います。

新幹線とはとバス。
これもまた東京らしいと言われるような景色。
しかし、私にとってはあまりにも当たり前の景色で、ブログの撮れ高を意識しなければ、写真を撮ることを忘れてしまいます。

東京駅から銀座方面に向かう外堀通り。
社会人になってからの半年、東京で働いているときはいつも、この道を歩いて通勤していました。
それが2018年なので、ちょうど今から3年前。
ついでに、少しだけ思い出の場所を辿ることにしました。

当時はまだこのお店が工事中でしたが、お店の前のこのベンチで、ひとりお昼休みの時間を過ごしていました。

高級車ばかりが通る、銀座のこの通り沿いにあるオフィスで、私もスーツを着て働いていたのです。
自分でも歩いていて「ふっ、そんな時代もあったな」とにやけてしまいます。

「ギンザのノハラ」という看板がありました。
そこにあったのは…

これ。
何だか悲しくなってきます(笑)
これを野原といっていいのでしょうか。

思い出の場所、最後はこちら。
私の昼食スポットその2「松屋銀座の階段の踊り場のベンチ」です。
茨城のアンテナショップ前よりも、こちらを利用する頻度が高く、さすがにここに懐かしさを感じました。
今回、東京駅から歩いたコースはこんな感じ。
このコースの途中に、沖縄のアンテナショップがあるので、次回はそちらをご紹介します。
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今回はここまで。本日もありがとうございました。
★続きはこちら★
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