積丹ブルーが美しかった。かつて女人禁制の地「神威岬」を歩く|2014年北海道&東日本パス旅行記 その6

旅の思い出

ブログをご覧いただきありがとうございます。

今回は2014年「北海道&東日本パスの旅」その6をお届けします。

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急行はまなすで北海道上陸

旅の4日目。埼玉から日本海側を北上し、ついに北海道に上陸しました。

午前1時の函館駅。青森発札幌行きの急行はまなすに乗っています。

車内での記憶はほとんどないので、それなりに寝ることは出来ていたのだと思います。

朝5時。北海道の大地の向こうから太陽が昇り始め、太陽の光で目が覚めました。

北海道を感じさせる景色です。この列車で札幌まで行った後は、すぐに列車を乗り継いで余市まで。

余市からは路線バスに揺られて「神威岬」を目指します。

島武意海岸に寄り道

島武意海岸というバス停で降車。

こちらのトンネルを抜けた先には…

美しい海の景色が広がりました!

この日は9月1日。北海道といえどまだまだ暑い一方で、北の海は水が冷たく、泳ぐことはしませんでした。

ここでは波打ち際に「ウニ」がごろごろ転がっているのが印象に残っています。

実はこの時、私はデジカメをバス車内に忘れてきてしまっていました

ただバスは終点の神威岬で折り返し、島武意海岸を通過するスケジュール。折り返しのバスを待ち、運転手さんに確認したところ、デジカメを取り戻すことが出来ました。

神威岬に到着

この日の目的地「神威岬」に到着しました。

青空へ続く階段を上ります。

この丘を登った先に、岬の先端へと続く遊歩道が整備されています。

そしてこちらが丘の上からの景色。水平線が見えています

北海道にあまり海のイメージがありませんでしたが、偶然ネットで神威岬の海の写真を見つけて、わざわざバスに揺られてやってきたのでした。

女人禁制の地と積丹ブルー

こちらは「女人禁制の門」。この先は明治時代まで女人禁制となっていたそうです。

岬の先端まで続くこの道は「チャレンカの小道」と言われています。

チャレンカとは、あの源義経と恋に落ちと言われる、アイヌの酋長の娘の名。一般的には、義経は平泉で自害したとされていますが、実は生き延びて北海道へ渡ったという伝説があります。

そしてチャレンカと義経は出会うこととなりますが、義経の生存を知った源頼朝は義経を追います。

義経は再び逃げることとなりました。チェレンカは義経の後を追い、ここ神威岬までやってきたそうですが、時すでに遅し。

義経の船は沖の彼方へ。チャレンカは悲しみのあまり身を投げてしまいました。

以来、女性を乗せた船が神威岬近づくと必ず転覆したことから、神威岬は女人禁制の地になったのです。

それにしても美しい海の青さ。「積丹ブルー」と言われています。

風が強いと、女人禁制の門が閉められて、こちらの遊歩道も通行止めとなるそうです。この日は本当にいい天気でした。

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今回はここまで。本日もありがとうございました。

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~移住3年目339日目 終了~

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