火山と野鳥とともにある島の歴史 人口や産業も調べてみた|2018 三宅島旅行記2

三宅島旅行記

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今回は「2018年 三宅島旅行記」その2をお届けします

★前回の記事★

かつてはANAが飛んでいた

三宅島を歩いて1周する旅。歩き始めてから約3時間が経ちました。

こちらはサタドー岬。1954年にこの灯台が出来てから、三宅島は3回噴火しています。

ここまで約8km。このペースなら予定通り、夕方までに島を1周することが出来ます。

白波が押し寄せる三池浜。この日橘丸は島の西側にある錆ケ浜港に入港しましたが、通常は三池港を利用することが多いです。

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道路の様子はこんな感じ。三池港周辺には、家々や行政機関などが多く集まり、ダイナミックな自然とは一転、人々の暮らしが感じられます。

三池港の近くには空港もあります。農水産業の振興と観光促進のため、1966年に都営空港として供用が開始され、2014年までANAの羽田便が飛んでいました。

こちらが滑走路。1976年には、1200mまで延長もされています。2000年の噴火以降、三宅島への航空路は2008年まで運休が続いていました。

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空に浮かぶ小さな点がセスナ機

再開後も、火山ガスの影響で、就航率が50%に満たなかったことからANAは撤退。現在は調布飛行場からのセスナ機が1日3往復、御蔵島・大島を結ぶヘリが1日1往復ずつ運航しています。

★参考:三宅島に跳んでいるセスナとヘリ★

東京愛らんどシャトルについて< 八丈島、青ヶ島、御蔵島、三宅島、大島、利島を結ぶ東京愛らんどシャトル : 東邦航空株式会社
八丈島, 青ヶ島, 御蔵島, 三宅島, 大島, 利島を結ぶ夢のヘリ特急便、東京愛らんどシャトルについて

空港の中はこんな感じ。まるで病院の待合室のようですが、保安検査場はしっかり設けられています。

三宅島の人口と産業

出発してからおよそ10km歩きました。残り20kmほど歩かなければなりません。

海蔵寺というお寺にやってきました。こちらは1717年の火災で記録などが焼失し、沿革などは分かっていないそうです。ただ一方で、1717年の三宅島には、すでに人が住んでいたということが分かります。

2020年の国勢調査によると、三宅村の人口は2300人。島内では縄文時代の遺跡も発見されており、古くから人は住んでいたようです。人口が増加したのは江戸時代。江戸幕府が直轄する流刑地となり、約200年の間に1,000人を超える流刑者が島にやって来たと言われています。

こちらは三宅高校。学校のホームページによると、2022年度の入学者は9名なので、全校生徒の30名程度だと思われます。

三宅島には小学校・中学校・高校がそれぞれひとつずつありますが、子供の数は少なく、人口ピラミッドを見ても、高齢化が進んでいるのは明らかです。

島の産業を見ると、建設業に従事している人が最も多く、2番目に多いのも公務員で、行政の税金が島の経済に大きな影響力を持っている様子が伺えます。

また、宿泊業・飲食サービス業とサービス業に従事している人を合わせた割合は18%を超えることから、観光も島の重要な産業となっていることが分かります。

火山だけじゃない!バードアイランド

三宅島には年間2万人~3万人ほどの観光客が訪れていますが、見どころは火山景観だけではありません。

三宅島は別名「バードアイランド」。全国から多くのバードウォッチャーが訪れますが、その方たちのお目当てが、この大路池なのだそう。

大路池は約2500年前の噴火で出来た伊豆諸島最大の淡水湖。周囲には希少な野鳥が生息しており、その野鳥密度は日本一とも言われています。近くには「三宅島自然ふれあいセンター・アカコッコ館」という施設もありますが、今回は時間が無いので立ち寄らず。

こちらにも、昔は大路池と同じように、噴火で出来た池があったそうです。新澪池と呼ばれていましたが、1983年の噴火で溶岩が流入し、現在は緑に覆われており、その面影は全く感じられません。

ちなみにこちらの新鼻新山も、1983年の噴火で噴出した岩石や火山灰が、一晩で降り積もって出来た「火砕丘」という地形です。こうした火山活動が起こると、周辺にいた陸上の生き物は姿を消すこととなります。鳥たちにとっては、蛇などの天敵がいない状況です。

風の噂を聞きつけた鳥たちが、いつしか三宅島を訪れるようになり、一緒に植物の種も運ばれてきたことで、今こうして緑が広がっています。そして自然景観と野鳥が、今度は観光客を呼び込み、島の経済や暮らしが回っているのです。ヒトが自然の天敵にならないように、十分気を付けなければなりません。

三宅島の南側を通過して、島の西側にある錆ケ浜港までやって来ました。

ちょうど港には13時45分発、東京行きの橘丸が接岸中。そして、この時間にここまで来れたので、暗くなる前にはキャンプ場へ到着することが出来そうです。

景色はいいですが、アップダウンも多いので、それなりに大変です(笑)自転車もまた大変なので、レンタカーやレンタルバイクで観光するのが一般的な楽しみ方と思われます。

ただ個人的には、三宅島は歩くのがおすすめです。こうした道を歩いていると、ゲームの中の世界を冒険しているような気分が味わえます。

伊豆岬灯台に到着。こちらは明治後期に造られたそうです。

また伊豆岬には野鳥観察小屋がありました。こうした小屋は石川県・舳倉島にも設置されています。大路池でもここでも、しばらく鳥を探してみましたが、この日鳥の姿を見ることは一度もありませんでした

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今回はここまで。本日もありがとうございました。

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