先日「レジャー白書2020」の概要が公表されました。この白書では、2019年に参加人口が最も多かった日本人の余暇活動が「国内観光旅行」であるとされています。参加人口が最も多い余暇活動として国内観光旅行選ばれるのは、これで9年連続のことだそうです。

1位以下のランキングを見ても、「外食(日常的なものは覗く)」「ドライブ」「動物園・植物園・水族館・博物館」など、旅行に関連するような余暇活動の参加人口が多いことが分かります。
旅行先に選ばれる条件
戦前までの日本人の旅行の歴史
そもそも、なぜ人は旅行をするのでしょうか。その土地に足を運ぶのでしょうか。旅行というのは「移動」を伴うという前提があります。
旅行の起源は食料や生活の場を求めた移動であると言われています。こうした移動は現代でも残っています。例えば、買い物に行くために、家から少し離れた場所まで出かけることもありますよね。
大和朝廷の時代になると、支配者が「領地へ出向く」、被支配者は「都へ税金を納めに行く」という移動が起こります。これは「義務化された移動」といっていいでしょう。これも現代に残る移動形態のひとつです。「出張」をはじめ、ビジネスシーンではよく見られます。

平安時代になると「熊野詣」や「四国八十八か所巡り」、室町時代には「お伊勢参り」というような『祈りの旅』という文化が出現します。これは移動というよりも、現代でもある旅行形態のひとつです。
戦乱の時代を経て、江戸時代になると、人々はグループでお金を積み立ててお参りへ行くようになります。これが団体旅行の始まりです。また、団体を作るために人を募集するという性質から、旅行業の始まりであると言われています。
ちなみにこの時代は、地域を超えた人々の移動が関所と通行手形によって制限されていましたが、「お参り」が目的の場合は、地域間の移動が認められていました。そのため、お参りも少しずつ、移動を楽しむ人たちの建前となっていったといいます。

明治時代になると、人々の移動は自由化され、橋や鉄道、旅館も普及。人々は建前もいらない、娯楽としての旅行を楽しむようになりました。
その後、第二次世界大戦までに、修学旅行や社員旅行といった団体旅行や、 富裕層や特権階級にあった人たちによる新婚旅行が国内観光を推進したと言われています。 日本で最初に新婚旅行を行ったのは坂本龍馬とも言われています。
また当時の旅行の目的地は『温泉』でした。温泉に浸かり、浴衣に着替え、ご馳走を食べるという旅行のスタイルです。これは今も当たり前のように楽しまれていますが、温泉が多い日本独特のものなのだそう。そして移動手段は鉄道でした。
マスツーリズムの時代
個人での旅行は手の届かない贅沢…ただ、歩く旅など、格安で旅行をする手段もあることを考えると、戦前までの個人旅行は「お金も時間もかかる」ものだったのです。
戦後は安定した政治と景気の回復でレジャーが盛んになり、1963年にはバカンスという言葉が流行語になりました。
1956年に日本で最初の寝台特急が東京から博多間で運行されました。当時は長距離移動の手段が限られていたこともあり、「時間がかかる」という課題を解消した寝台特急は、人々の支持を得て、その数が増えていきました。

寝台列車の数のピークは1960年代から1970年代で、「鉄道ファン」が生まれたのもこの時代と言われています。
また60年代にはバスの旅も始まりました。戦後から観光バスを走らせていた新日本観光株式会社は「はとバス」に社名を変更し、スキーバスや都市間を結ぶ夜行バスも登場しました。

70年代になるとマイカーを持つ日本人が増えると同時に、高速道路が全国に伸びたことで、庶民が手軽に旅行に行く手段を持つようになりました。 「お金がかかる」という旅行の課題も解消され、これが個人旅行の時代の始まりといえるかもしれません。
また、マイカーの普及と同時に新幹線も全国に拡大し、飛行機による旅行も増え、独立系のレンタカー会社も生まれていきました。
戦後の国内旅行を見ていくと、交通手段の発達によって旅行の課題が解消され、庶民でも個人で旅行をすることが出来るようになったことが分かります。

しかし、インターネットやSNSが存在しない当時はまだ、旅行先についての情報は限られていました。定番の場所や、テレビや雑誌などのメディアが紹介する場所に人が押し寄せることが考えられます。
言い換えると、旅行者は新たに「情報」という課題を抱えることになりました。手軽に旅行へ行けるようになっても、どこを目的地をすればいいのか分からないのです。
そして、人が集まりやすい場所には旅行会社もツアーを組みます。そうすると、旅行会社のツアーの方が個人で行くよりも安くその場所へ行けるので、旅行会社のツアーを利用する人が増えます。
個人で手軽に旅行に行ける場所の選択肢が広がった一方で、しばらくは観光客が団体で、または定番の観光地に訪れる、いわゆる「マスツーリズム」が一般的な旅行形態となりました。
ニューツーリズムへの変化
一般的には、1990年代前半のバブル経済の崩壊以降、日本のマスツーリズムは徐々に衰退し、ニュー(オルタナティブ)ツーリズムへ移行したと言われています。

マスツーリズムからの旅行形態の変化は、上の図のように表現されることが多いです。しかし、果たしてこうした変化は本当に起きているのでしょうか。「休みが取れた」から、「とりあえず沖縄行きたい」という旅行の決め方は、今でも当たり前のような気がします。
JTB総合研究所によると、ニューツーリズムは『従来型の観光旅行ではなく、テーマ性の強い体験型の新しいタイプの旅行とその旅行システム全般』のように定義され、具体的な例として「産業観光」「エコツーリズム」「グリーンツーリズム」「ヘルスツーリズム」「ロングステイ」が挙げられています。

一方で、日本交通公社が出している旅行年報2018によると、確かに、ニューツーリズムのような新たな旅行形態が出現している一方で、それを楽しみにしている旅行者はまだまだ少ないことが分かります。明治時代からある「温泉旅行」の人気は根強いものとなっています。

また、旅行の動機を見ても、「美味しいものを求めて」というのは『グルメ』というテーマがある一方で、上位は「日常生活から解放」「思い出」「保養・休暇」と、旅行者がニューツーリズムのような旅行を選択するとは考えにくい項目が並んでいます。
そもそも、旅行を楽しみにしている人々は、「マスツーリズム」「ニューツーリズム」など、これっぽっちも意識していないことを忘れてはいけません。
ちなみに、2019年にブッキングドットコムが行った調査によると、日本人は諸外国に比べて、サステイナブルな旅行への関心が低いという結果が出ています

日本人は、特に、旅行のスタイルについて意識はしていないと言ってもいいかもしれません。「日常」から少し離れて、「美味しいものを食べ」たり、「思い出」を作ったり、ゆっくり「保養」したり…それだけでいいのです。
また、ニューツーリズムでは地域主体で作られた旅行商品(=着地型)による、地域活性化が期待されていますが、上手くいっている地域はほとんどなく、例えば全国各地にある観光協会も、行政からの補助金頼みで、自走化できていない組織が多いです。

結局、観光客が地域にやってくるのは、新しい施設が出来た時や、イベントが開催されるとき、または大都市からやってくる旅行会社のツアーです。
旅行会社も友好的な観光地に善意で人を送っているわけではありません。人気や魅力がない地域のツアーを作っても、集客が出来ず催行中止となっていまいます。
ツアーの内容は多様化しましたが、大都市発着という仕組み(=発地型)も変わりません。地方と大都市では商圏規模が全く異なるため、旅行会社としては、着地型を推進していくメリットがないのです(この辺については、また別の機会でご紹介します)。

旅行者と旅行会社の視点から見ると、マスツーリズムからニューツーリズムへの変化はそれほど起きていません。一方で観光地や地域では、こうした変化が起きているという発表を受けてか、地域の資源を生かした体験型やテーマ型のプログラムづくりが行われています。
旅行者と観光地の間にミスマッチが生じています。地域がどれだけいいプログラムを作っても人が来ないのは、旅行者が持つ本質的なニーズを捉えることが出来ていないからなのです。
インターネットの出現
マスツーリズムが出現したといわれるバブル崩壊以降、 重要なポイントは「インターネットの出現」です。 各地域で地域の資源を生かした観光地づくりが行われるようになり、これまで知られていなかっ地域の魅力が発掘されるようになりました。
インターネットが普及していくと、発掘された資源の情報が地域から旅行者に直接、すぐに届くようになりました。

2018年にJTBが行った行ったアンケートによると、旅行前の情報はwebサイトから得ている人が多いことが分かります。
インターネットがない時代は、観光地や地域が大都市圏の旅行者に情報を届けることは困難でした。分かりやすく例えると、山奥の小さな村が観光パンフレットを作ったとしても、東京にそれを置く場所はないのです。旅行の情報はメディアや旅行会社に集約されていました。
旅行の情報が圧倒的に増えたことで、旅行者の選択肢(目的地)が増えました。また、旅行先へのアクセス方法もインターネットですぐに調べることが出来て、さらには飛行機や宿泊施設の予約も、家のパソコンで済んでしまうようになりました。

つまり、マスツーリズムという旅行形態に大きな変化をもたらしたのは、旅行者の嗜好ではなく、「インターネットの出現」なのです。インターネットによって「情報」という、旅行者の課題が解決されました。
メディアや旅行会社が独占していた旅行の情報が、一般の旅行者にも解禁されたと捉えてもいいでしょう。
さらには団体の強みである「安さ」も、LCCが登場したことはもちろんですが、旅行者が自ら情報を得て、自由に旅の予定を作ることが出来るという価値には敵いません。
次に旅行者が抱える課題とは
最近ではSNSで投稿された写真が話題となり、観光客が足を運ぶようになるというケースも見られます。観光客が足を運ぶようになると、インターネットで紹介されたり、アクセス手段などをまとめたサイトが作られたりします。
そうして、さらに足を運ぶ人が増えるようになると、雑誌などでも取り上げられるようになり、最終的にはテレビで紹介されることで「観光地」として認定されるような、そんな流れが見受けられます。

「お金も時間もかかる」「情報が限られている」という旅行者の課題が解決されて、いわば旅行者は「好きな時、目的に合わせて」、旅行が出来るようになりました。
旅行者が次に抱える課題は「膨大な情報の取捨選択」です。旅行をより良いものにするためにも、旅行者は数多くある情報から、えりすぐりの目的地を選ばなければなりません。
そうすると結局、安心感がある定番の観光地であったり、多くの旅行者が足を運んで話題となっているスポットに旅行者が集中するようになります。また、安心感という点においては、信頼出来るインフルエンサーによる発信や口コミサイト・SNSでの評判も影響力が強くなります。
旅行者は地域や観光地からの業務的な発信ではなく、よりリアルな、同じ旅行者などの目線からによる情報を求めているのです。

これから重要になるのはマーケティングの視点です。膨大にある情報の中から、いかにして旅行者に選んでもらうかを考える必要があります。
繰り返しにはなりますが、旅行者の視点ではニューツーリズムへの移行は起きていません。旅行者が行きたいのは『定番』や『話題の場所』です。「(体験型・テーマ型が)流行っているから」という理由だけで、地域が主体となってプログラムを作っても人は来ません。
また、旅行会社も常に面白い(売れる)ネタを探しています。 団体旅行は衰退したと言っても、 発地型旅行会社の集客力はいまだ根強く、地域にもたらす経済的な恩恵は大きいです。

流行のネタに乗っかるのであれば、他の地域との差別化や付加価値が不可欠です。旅行会社から問い合わせが来たとしても、「あの地域との違いは何ですか」と必ず聞かれます。
「地域の〇〇が素晴らしい」というのは本当に素晴らしいのでしょうか。地域の強みだと思っていた魅力が、旅行者には全く響いていないこともあります。
膨大な情報の中から選んでもらうために…
これからの観光地や地域は、自分たちの地域のことをよく知ることに加えて、他の地域のこともよく知って、差別化や付加価値を考えながら地域づくりを進め、その魅力を旅行者に発信してもらう必要があるのです。
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今回はここまで。本日もありがとうございました。
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