鹿児島・指宿の無人島・知林ヶ島を観光!錦江湾に出現した砂州を歩いて上陸|2024 旅行記4

島旅

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今回は「2024年 鹿児島県の離島を巡る旅」その4をお届けします。

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鹿児島・指宿の無人島・知林ヶ島へ

2024年3月11日の10時半、鹿児島中央駅から指宿枕崎線に揺られ指宿駅にやって来ました。

駅前の案内板

今回の目的地は錦江湾に浮かぶ無人島・知林ヶ島。読み方は「ちりんがしま(ちりんがじま)」。島へ渡る定期船は無く、潮が引いた時に出現する砂州を歩いて上陸することが出来る島です。

■参考:砂州とは

まずは砂州が出現する田良岬を目指して、指宿駅から約4km、1時間ほど歩きます。

さすがは温泉地・指宿。よく見ると川の水面からも湯気らしきものが立っています。

マンホールも南国風

一方で、温暖な気候であることから「東洋のハワイ」とも呼ばれ、1960年代には新婚旅行先として人気だったそうです。現在も指宿市では、毎年夏に「アロハ宣言」を行い、市民にアロハシャツの着用を呼びかけています。

■参考:日本各地にある東洋のハワイ

正面に見えている魚見岳(標高215m)は、その姿がハワイのダイヤモンド・ヘッドに似ているとか。また、私が歩いている県道238号線にも「ハイビスカス通り」という愛称が付けられています。

■参考:「東京のハワイ」からハワイのイメージを考察

旧指宿海軍航空基地を見学

その道沿いにあるのが「指宿海軍航空基地跡 慰霊碑公園」。

指宿海軍航空基地は、第二次世界大戦中の1942年から1943年にかけて建設されました。1943年5月には、水上機の発着が行われ、沖縄戦が始まると、この基地からも沖縄海上での戦闘に多くの人々が向かったそうです。

■ 参考:1

こちらは当時の施設でしょうか。なお、基地は1945年5月5日の空襲により壊滅的な被害を受けたこともあり、当時の施設はほとんど残っていません。

■参考:沖縄戦について

航空写真を見ると、田良岬一帯は緑に覆われていることが分かります。慰霊碑公園があるのも、この森の中です。

こちらの案内板では、基地の概要や飛び立った航空機、特攻隊員の方々の遺書が紹介されています。

こちらは、指宿基地の生存者有志の方々により、1946年5月に建立された「指宿海軍航空基地哀惜の碑」。基地があった当時は、この碑の下が通信室壕となっていたそうです。毎年5月27日には慰霊祭が行われています。

枕崎市沖合で発見されたという、航空機の一部らしきものも置かれていました。

こちらも飛行機の残骸?

ちなみに、毎年5月27日に慰霊祭が行われるのは、太平洋戦争終戦まで制定されていた「海軍記念日」に由来するものです。1905年5月27日、日露戦争における日本海海戦で、日本海軍がバルチック艦隊に勝利したことから、5月27日が海軍記念日となりました。

■参考:日本海軍連合艦隊の旗艦「三笠」を見学

国土地理院地図より

こちらは1974年~1978年に撮影された航空写真。当時の田良岬一帯は茶色くなっており、基地だった名残が感じられます。また、岬の先端と砂州で繋がった知林ヶ島にも注目してみると…

国土地理院地図より

島が開墾されて、段々畑らしきものも確認することが出来ます。現在は無人島で、霧島錦江湾国立公園のいち観光地となっていますが、昔はジャガイモやサツマイモ、菜種の栽培が行われていたそうです。

錦江湾に出現した砂州を歩く

11時30分、知林ヶ島の対岸に位置する指宿エコキャンプ場に到着しました。

知林ヶ島へ続く砂州までは、キャンプ場の敷地内を通ります。島にはトイレがないため、このキャンプ場で済ませておくと安心です。

11時40分、ついに砂州に辿り着きました。案内板等では砂州の長さが800mと紹介されていますが、GoogleMapで計測すると、田良岬から知林ヶ島までは約1km離れています。

砂州の手前に、知林ヶ島へ渡る際の注意事項と、この日の『砂州が消える時間』が書かれた案内板がありました。ここに書かれている注意事項をまとめると以下の通り。

  • 砂州が消える前に、時間に余裕をもって戻ってくるように
  • この日の砂州が消える時間は16時30分、16時までに戻ってくるように
  • 島周辺での遊泳や砂州が消えている時間帯での砂州渡りはNG
  • 毒のある生き物(ヒョウモンダコ・カツオノエボシ)に注意
  • 島にお手洗いや飲料水は無い

11時45分、まだ完全に潮は引いていません。日々の砂州が出る時間帯予測は、いぶすき観光ネットで確認することが出来ます。ちなみに、気象庁によると、知林ヶ島の最寄りの観測点『枕崎』における、この日の満潮・干潮は以下の通り。

気象庁ホームページより

日中の干潮は14時09分で潮位は27cm。12時時点での潮位は90cmとなっています。また、この日砂州が消える時間(16時30分)における潮位は110cm前後なので、恐らく潮位が100cmを下回ると、砂州が出現するのでしょう。

11時50分、砂州には私の他に潮が引くのを待つ方が数名おり、長靴を履いたおじさんが先陣を切って知林ヶ島に向かって歩き始めました。

そのおじさんに続いて、他の皆さんも歩き始めましたが、よく見ると皆さん靴を手に持ち、裸足になっています(笑)ただ、干潮時間に向かって、さらに潮は引いていくはずなので、私はもう少し待つことに。

それから5分後、もうこれぐらいなら靴を履いたままでも、濡れずに向こう側へ渡ることが出来るでしょう。なお、知林ヶ島上陸にあたっての許可等は不要。砂州渡りや島への上陸も無料です。

ということで、錦江湾の入口に出現した砂州の道(通称「ちりりんロード」)を歩いて、知林ヶ島を目指します。

■参考:西表島から由布島に歩いて渡る

この砂州が出現する理由ははっきりとしていないようで、現地にあった案内板と指宿市のホームページとで若干説明が異なります。

  • 【現地】3月から10月にかけて吹く南風が、北からの波とぶつかることで砂州が出現する。11月から2月は風向きが変わるため砂州は消える。
  • 【ホームページ】東シナ海から鹿児島湾に侵入してくる温暖な黒潮の流れと、鹿児島湾から東シナ海に向かうやや冷たい流れがぶつかり、砂礫が海流の境目に堆積することで砂州が出現する。

砂州が出現する理由がどうであれ、砂は固くなっているので、普通の靴で普通に歩くことが出来ます。

約20分で砂州を渡り、知林ヶ島に上陸!地理学的には、この砂洲の道が陸繋砂州(トンボロ)で、知林ヶ島は陸繋島です。

知林ヶ島に上陸・観光

特別な装備や準備はしていませんでしたが、濡れたり泥だらけになったり、砂だらけになったりすることはありませんでした。

12時15分、上陸してまずは日付印の押された渡島証明書をゲット。

証明書は島に上陸してすぐの場所に設けられたこの場所で、100円で購入することが出来ます。先ほど、先陣を切って砂州を渡ったおじさんは、ここの係の方だったようです。

知林ヶ島の外周は約3km。この岩場の先に遊歩道の入口があるとのことですが…

ありました。あの場所が遊歩道の出入口です。

岩場にはヒトデがいたので、恐らくこの場所も潮が満ちると沈んでしまうのでしょう。

知林ヶ島の最高地点は標高90m。まずは304段の階段を上っていきます。

遊歩道の出入口から5分で知林ヶ島南展望台に到着。

ここからは九州本土・田良岬と知林ヶ島を結ぶ砂州の道の全景を見ることが出来ます。砂州の道は自然に出来たものなので、例えば台風が来ると流されてしまい、しばらく出現しないこともあるそうです。

しかし、しばらくすると再び砂州が出現し、また島に歩いて渡ることが出来るようになることから、「縁結びのパワースポット」としても紹介されています。展望台には「幸せ繋ぐ投函箱」が設置されていたり…

「鳴らすと幸せが訪れる」という鐘(チリンズベル)が設置されていたりします。ただ、田良岬と知林ヶ島の関係は「つかず離れず」と言った方が適切かもしれません。数時間後には再び離れてしまいます。

展望台の横にあったマップ

現在の時刻は12時25分。砂州が沈み始めるのは16時なので、まだ3時間以上あります。もう少し島を観光することが出来そうです。

引き続き遊歩道を歩きます。戦後、知林ヶ島は企業(Wikipediaによると森村産業という会社)が所有していましたが、1999年に指宿市が買収。それ以降は指宿市の市有地となっているようです。

12時30分、知林ヶ島休憩所に到着。島を所有しているのは指宿市ですが、こうした遊歩道や展望台、休憩所などの整備は、2009年に環境省によって行われたとのこと。環境省が絡んでくるのは、知林ヶ島が霧島錦江湾国立公園内に位置しているからでしょう。

遊歩道の出入口からここまでは1本道でしたが、この先は道が分かれます。ここで注意すべきポイントは、戻る方向(遊歩道の出入口)は、「港」ではなく「砂州」ということです。こうした案内があるのは日本でここだけでしょう。

せっかくなので「」へ行ってみることにしました。

鬱蒼とした木々に囲まれていますが、道は綺麗なので歩くことに何ら心配ありません。

12時40分、知林港に到着しました。確かに港湾施設の名残は見られますが、現在は使われていない様子です。かつては砂州の出現時刻を気にせず、船で九州本土と行き来していた時代もあったのでしょう。

北の方角に目を向けると、水平線の先にうっすらと桜島が見えました。いや、桜島が見えることよりも、いつの間に空が雲に覆われています。

間もなく、ぽつぽつと雨が降って来ました。傘を差しながら無人島を探検するのは大変なので、ここで砂州へ戻ることに。北展望台や灯台方面に行くのは諦めます。

知林港から歩くこと約25分、無事に砂州へ戻って来ることが出来ました。時刻は13時05分、もうすぐこの日の干潮の時間なので、来た時よりも砂州の面積が広がっています。

万が一、島から帰ることが出来なくなった場合は、指宿漁協(0993-22-2236)か海上タクシー(090-4347-1151)に連絡すると迎えに来てくれるようです。

また、知林ヶ島でのキャンプについて、指宿市のホームページでは「よほど事前準備をしっかりした方々でないと、知林ヶ島でのキャンプは難しいのではないかと考えております」とあり、禁止はされていません

雨は途中で止みましたが、今のうちに砂州を渡り、知林ヶ島から脱出することにします。

どうやら砂州のどこかに、太平洋戦争末期に墜落したか、終戦後に海中に処分されたとされる飛行機の残骸があるそうですが、今回は見つけることが出来ませんでした。

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今回はここまで。本日もありがとうございました。

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