2020-03

対馬旅行記

対馬最大級の要塞 姫神山砲台跡を観光!要塞化の背景にあったロシアの進出|2020 対馬旅行記4

対馬は国境の島として要塞化が進み、1887年から1945年までに30箇所の砲台が建設されました。対馬にある要塞の中で最大級の規模を誇る姫神山砲台跡。大砲は撤去されていますが、レンガ造りの建造物などはそのまま残っています。姫神山砲台跡はパンフレットにも大々的に載っていませんが、想像以上に広く見ごたえのあるスポットでした。
2019年→2020年 年末年始の旅

さらば小笠原諸島・父島!揺れるおがさわら丸に乗船 24時間の船旅の様子|2020 旅行記4

冬のおがさわら丸は東京到着が遅れがちです。2017年の年明けに父島からおがさわら丸に乗船した時は28時間近くかかりました。果たして今回は何時間の船旅になるでしょうか。感動的なお見送りとともに、おがさわら丸は小笠原諸島・父島を出港。日没後、早々に船が揺れ始めました。今回は揺れるおがさわら丸の船旅の様子をお届けします。
対馬旅行記

日本最強の城・金田城跡 城山の山頂まで歩く!国防の拠点だった歴史|2020 対馬旅行記3

日本最強の城・金田城。「城山」という山全体がお城になっており、標高276mの山頂まで遊歩道が整備されています。築城の背景にあるのは、663年に朝鮮半島で起こった「白村江の戦い」。国防のために造られた金田城は、明治期に再整備が進み、1901年に「城山砲台」が完成。南下政策を進めるロシアに対する防衛拠点となりました。
南国日記~沖縄移住の記録~

沖縄のグスク(城)とは何か?世界遺産 座喜味跡・勝連城・中城城を巡る旅|2020 沖縄旅行記

2000年に沖縄の「琉球王国のグスクおよび関連遺産」が世界文化遺産へ登録されました。 沖縄には全部で200から300のグスクがあると言われていますが、世界文化遺産に登録されたのは5つのみ。今回は本島中部(=中山)にある、座喜味・勝連・中城を巡った様子と、グスクに関連した沖縄・琉球の歴史をご紹介します。
旅の思い出

長崎・小値賀島から日帰りで野崎島上陸!旧野首教会と集落を歩いて観光|2017 旅行記1

この日は長崎・小値賀島のお隣に浮かぶ野崎島に日帰りで上陸します。およそ7時間の滞在。港から1.3km歩いた場所にある旧野首教会を目指します。島といえば、海や山といった自然が魅力ですが、野崎島の見どころは文化!島そのものが、世界文化遺産『長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産』の構成資産となっています。
2019年→2020年 年末年始の旅

日帰りで小笠原諸島・父島を観光!滞在時間約4時間 おがさわら丸着発便に乗船|2020 旅行記3

GWや夏休みなどの繁忙期に限り、11時に父島へ到着したおがさわら丸が、その日の15時半に折り返し東京へ向けて出港する「着発便」が設定されます。今回の滞在時間は約4時間。子ガメの放流体験や初泳ぎ、初詣など、元旦ならではのイベントなどが行われている父島を日帰りで満喫します。
対馬旅行記

ハングルの看板が並ぶ対馬・厳原港~対馬と韓国(朝鮮)の歴史をご紹介|2020 対馬旅行記2

対馬・厳原港に到着しました。、港から1kmほど歩き市街地までやって来ると、離島っぽさはあまりなく、思っていたよりも都会で、車通りも多いです。厳原を歩いていると、「ハングル併記」の看板が多く見られました。この背景には最近の対馬に、韓国からの旅行者が多く訪れていたことがあります。対馬と朝鮮の関わりは昔から強いものでした。
2019年→2020年 年末年始の旅

元旦の小笠原諸島・父島へ!おがさわら丸で年越し&絶景の初日の出を見る|2019 旅行記2

おがさわら丸の大みそか出港便が設定されることは滅多にありません。船内で年越しをした後、初日の出を見ることが出来ます。空の色が海にも反射し、周辺一帯がオレンジ色になりました。これは船で一晩を過ごす旅をしないと見られない絶景です。カツオドリが飛んできたらいよいよ小笠原諸島。約20分遅れで元旦の父島に到着しました。
旅の思い出

瀬戸内海の島・大久野島を観光!島にウサギが多い理由 要塞と毒ガスの歴史|2017 旅行記

ウサギの島として有名な瀬戸内国立公園・大久野島。明治時代には芸予要塞が建設され、島には砲台が置かれました。1929年、日本陸軍はひそかに毒ガス製造を始めました。今でも島内には当時の戦跡が残されています。この島にウサギが多い理由とは。時代をタイムスリップしたような体験も出来る大久野島。島旅初心者の方におすすめです。
対馬旅行記

フェリーちくし乗船!揺れる船内で1泊 夜の博多港から長崎県対馬へ|2020 対馬旅行記1

私が乗船するフェリーちくしは、博多港を0時5分に出港し、途中で壱岐を経由して、翌朝5時前に対馬・厳原港へ到着します。出港してすぐに「揺れての航海になります」という船内放送が流れました。船もなかなか揺れたので、あまり寝ることは出来ず。船が波にぶつかる度に「どおぉーん」という轟音が船内に響いていました。