野々島を歩いて観光!人工洞窟「ボラ」と東日本大震災の爪痕を見る|2022 浦戸諸島旅行記4

宮城県

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今回は「2022年 夏 宮城県の島旅」旅行記その4をお届けします。

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浦戸諸島・野々島を歩いて観光

2022年7月16日、日本三景・松島で人が住んでいる島々「浦戸諸島」を旅しています。

12時過ぎ、渡し船で寒風沢島から野々島へ上陸しました。次は13時30分の定期船で桂島に渡るため、およそ1時間半かけて1.15km先の野々島桟橋を目指して歩きながら観光します。島の周囲は8.9km。それほど大きな島ではありませんが、東から西へ島を横断する予定です。

2020年の国勢調査によると、野々島の人口は55人。生活の中心は定期船が出る桟橋の周辺(島の西側)なので、渡船場周辺(島の東側)には学校以外の建物や民家はありません。

綺麗なアジサイが咲いていました。野々島は震災以前から「フラワーアイランド」を謳っており、2018年まではフラワーアイランド野々島というNPO法人もあったようです。

現在もボランティアや学校の子どもたちによってラベンダー畑が整備されており、こちらの写真、右奥にかろうじて見えている紫の花々がその畑。活動の様子はInstagramでも見ることが出来ます。

大雨の影響で、大きな水たまりが出来ていました。東日本大震災による地盤沈下の影響もあるのかもしれません。津波で新たに湿地が形成された場所では、希少な湿性植物が出現することもあるそうで、野々島では特に多くの沈水植物がみられたそうです。

■ 参考:1

この場所も震災後の地形の変化によって出現した湿地の一部なのでしょう。昔から湿地があれば、野々島でも寒風沢島のように稲作が行われていたはずです。

桟橋まではこの道しか無いので、すねの辺りまで水に浸かりながら、水たまりの中を歩きます。ショサンを履いてきて大正解でした。

鎌倉時代からある?人工の洞窟「ボラ」

切り立った岩の壁をよく見ると、洞窟の入り口のような穴がいくつか見られます。これがパンフレットなどでも紹介されている野々島の名物「ボラ」です。

岩を手掘りで切り開いた人工の洞窟で、戦前からあるようですが、その歴史や目的については正確なことが分かっていないとか。鎌倉時代に密貿易で得た内海長者が巨額の富を保管していたという伝説もあるそうです。

戦時中は防空壕、戦後から現在は民家の倉庫や漁具の資材置き場として利用されています。

そしてこちらが島の西側、桟橋周辺にある民家の様子。いわゆるの野々島の集落です。浦戸諸島で人口が最も多いのは桂島(2020年国勢調査によると124人)ですが、塩竈市のホームページでは、野々島が浦戸諸島の中心的な島と紹介されています。

その理由はおそらくこちら。塩竈市役所の支所で宿泊研修施設でもある浦戸諸島開発総合センター(愛称:ブルーセンター)が置かれているからです。ここには他に2つの施設が併設されています。

ひとつは浦戸診療所。浦戸諸島で唯一の医療機関です。

もうひとつが「うらとラウンジ〜菜の花〜」。こちらは定期船の待合室兼コミュニティスペースとして利用されています。

この時も明かりは点いていましたが、靴を脱ぐ必要があり、少々入りにくい雰囲気なので利用せず。また、桟橋から少し離れているので、船に乗り遅れないよう注意が必要かもしれません。

また、外には自動販売機もあります。商店は無いので、島で唯一飲食物を購入することが出来る場所です。

ただ、浦戸諸島唯一の郵便局は桂島にあるため、桟橋には郵便バイクが置かれていました。恐らく船でやって来た配達の方が、このバイクを使って島内を回るのでしょう。

東日本大震災の爪痕

桟橋のそばには郵便ポストもありました。ちなみに、このポストがある周辺の様子がこちら。

小さな島では珍しい、まるで広大な駐車場のような景色です。やはり、津波の影響で家々が流されてしまい、このような景色になってしまったのでしょうか。少し調べてみましたが、震災前の桟橋周辺の様子について正確なことは分からず。

国土地理院地図で1974年~1978年の間に撮影された空中写真を確認すると、現在巨大駐車場のようになっている場所が埋め立て地であることが分かります。それ故、震災前も建物は少なかったのかもしれません。

電柱と電線が並ぶ、小さな島とは思えない奇妙な景色です。国交省の資料によると、野々島では津波により17棟程度の家屋が流出。皆さん速やかに非難をしたことで、人的被害はなかったそうです。

集落から指定避難場所の浦戸小中学校までは少々距離があるため、人々が避難した先は、階段の上にある熊野神社。この鳥居は津波の影響を受けたのでしょうか。

熊野神社に到着。ここからハイキングコースを歩いて、16時頃に浦戸小中学校への避難が完了したそうです。

そのハイキングコースを覆うのはヤブツバキ。4月下旬から5月に花の見ごろを迎え、「椿のトンネル」として浦戸諸島の名物となっているそうです。他にもタブノキなど、黒潮の影響で暖かい場所で育つ植物が見られます。

こちらは熊野神社にある鐘。鐘は通常、仏教を信仰するお寺にあるものですが、この鐘は明治維新による神仏分離令よりも前に設置されたが故、神社にも関わらず鐘があるようです。さらに、熊野神社にはキリシタン仏も置かれており、隠れキリシタンが住んでいたとも言われています。

この鐘は誰でも突くことが出来ますが、ひとり3回まで。連続して突くと事故と間違えてしまうという旨の注意書きもありました。

野々島桟橋に到着!ちょうど定期船もやって来ました。次は桂島へ渡ります。

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今回はここまで。本日もありがとうございました。

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