世界文化遺産の島・高島(長崎市)に上陸!揺れる?高速船・鷹巣に乗船|2024 旅行記7

島旅

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今回は「2024年 年末 青春18きっぷの旅」その7をお届けします。

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青春18きっぷで小倉駅から長崎駅へ

2024年12月30日、最終電車で小倉駅に到着し、駅近くの快活クラブで仮眠。

朝4時半前に吉野家の豚丼で朝食を済ませ、始発電車に乗車。青春18きっぷを利用して長崎駅を目指します。

まずは小倉駅から4時51分発の鹿児島本線「博多行」に乗車。

6時15分、博多駅に到着。続いては6時35分発「江北行」に乗車。

8時05分、江北駅(佐賀県江北町)に到着。続いては8時15分発の佐世保線「早岐行」に乗車。

9時02分、早岐駅(長崎県佐世保市)に到着。次の列車まで30分ほど時間があるので、少し駅の周辺を散策してみます。

早岐瀬戸から大村湾へ

駅から歩いて数分の場所にあるこちらは、一見すると川のように見えますが、実は海です。『早岐瀬戸』と呼ばれる海峡で、ネット上では「世界中探してもほかにない場所」として紹介されています。

地図を見ると、大浦湾は360度を陸地に囲まれており、まるで湖のようですが、実は2本の水路で外海(佐世保湾)と繋がっています。その2本の水路のひとつが早岐瀬戸なのです(もうひとつは針尾瀬戸)。

早岐駅前は瀬戸の幅が広いので、川よりも穏やかに見えますが、潮位差が大きいときには、大村湾の海水が勢いよく佐世保湾へ流れ出し、幅が狭い場所では激流(通称「早岐ウェーブ」)が現れます。これは国内でも屈指の規模を誇る波と潮流になるそうです。

早岐瀬戸を見学し、早岐駅に戻って来ました。続いて乗車するのは9時33分発、区間快速シーサイドライナー「長崎行」です。

瀬戸の向こうに見えているのはハウステンボス

早岐駅から次のハウステンボス駅の間は、列車が早岐瀬戸に沿って走ります。写真のとおり、この日の早岐瀬戸は川のような姿ですが、「早岐ウェーブ」は潮の満ち引きにより発生時間や規模をおおむね把握できるため、フリースタイルカヤック選手のトレーニング地になっているそうです。

そして列車は大村湾沿いへ。この辺りは車窓からも海を見ることが出来ます。しばしば「超閉鎖性海域」と紹介される大村湾。その理由は、外海にあたる佐世保湾もまた閉鎖性が強いから。こうした二重の閉鎖性海域は世界的にも珍しいようです。

対岸に見えているのは、西海市などがある西彼杵半島。湖のようであることから、大村湾には「琴湖」という別名も付いています。湾内には長崎空港もありますが、湾の面積は琵琶湖の半分程度しかないそうです。

11時08分、この日の目的地である長崎駅に到着しました。

ここから20分ほど歩いて長崎港ターミナルへ移動し、午後は長崎市の有人島・高島へと渡ります。

揺れる?野母商船の高速船・鷹巣に乗船

11時30分、長崎港ターミナルに到着。五島列島や軍艦島へ行く船もこの港から出ています。

高島行きの乗船券販売所はこちら。港が長崎駅から近いことに加えて、船は1日8往復しているので、比較的アクセスのいい離島と言えるでしょう。

乗船券(往復2280円)と野母商船の御船印をゲット。野母商船は博多-五島列島を結ぶフェリー太古を運航する船会社でもあります。

■参考:フェリー太古で小値賀島へ

11時50分発の高速船・鷹巣に乗船。船名の由来は、高島にあったという鷹巣権現。大地の神・埴安姫命を祭神とした神社で、古くから鉱物資源で発展した高島では、この神様を大切にしてきたそうです。

船内はこんな感じ。なお、デッキは立入禁止となっていました。長崎港から高島までは、途中で伊王島を経由し、約40分間の船旅です。

出港して間もなく三菱の造船所が見えてきました。停泊している無機質な2隻の船は自衛隊の護衛艦でしょうか。長崎の造船業は、1857年に徳川幕府が国内初の艦船修理工場として「長崎鎔鉄所」を設けたことに始まります。

よく見ると三菱のロゴが描かれている

明治維新後、長崎鎔鉄所は国営造船所として引き継がれ、1884年には三菱が借用して事業を受け継ぎました。その後、三菱はこの施設を買収。積極的な設備投資を背景に、長崎は造船三菱の主要拠点として発展したのです。今回訪れる高島も三菱との関係が深い島です。

船は長崎港口に位置する女神大橋を通過。

そして出港から約25分で伊王島に到着。この島は沖之島を介し、九州本土と橋で繋がっているため、車でも上陸することが出来ます。

世界文化遺産の島・高島(長崎市)に上陸

伊王島を出港してから約10分、高島に上陸しました。時刻は12時半です。

高速船で約40分という乗船時間だけを見ると、高島は本土からやや離れた場所にあるように感じられます。しかし、実際には九州本土(陸地)に近いため、冬のこの時期でも船はほとんど揺れませんでした。欠航もそれほど多くはないでしょう。

かつて炭鉱が建設され、石炭の採掘が行われていた高島。島内に残る竪坑の坑口のひとつ『北渓井坑跡』は、2015年に「明治日本の産業革命遺産」の構成資産として世界文化遺産にも登録されています。

竪坑:地下の坑道と地表を繋ぐため、地面から垂直に掘られた坑道施設

港では島内循環バスが船の到着を待っていました。このバスは100円で利用することができます。

さらにレンタカーやレンタサイクルもあるので、島内の移動には困りませんが、1周約7kmの小さな島です。今回は帰りの船が出るまで約2時間半、高島を歩いて観光することにしました。

まずは「軍艦島が見える丘」を目指して歩きます。

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今回はここまで。本日もありがとうございました。

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