新上五島町・中通島 29の教会を原付で巡る!潜伏キリシタン迫害の歴史|2017 旅行記3

島旅

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今回は「2017年 九州・沖縄の島を巡る旅」旅行記その3をお届けします。

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新上五島町・中通島上陸

2017年11月24日、この日は原付を借りて新上五島町・中通島を巡ります。

7つの有人島と60の無人島で構成されている新上五島町。その中で最も大きな島が中通島です。フェリー太古や佐世保からの船が発着する島の中心地・有川港から、島の北端・南端まではいずれも30km近く離れています。

原付は1日借りて3,000円。レンタカーより安く、小回りも利いて便利ですが、この時期(11月下旬)はかなり寒いです。風の影響を最小限にするため、のんびりと走ります。

新上五島町は29の教会がある「祈りの島」。せっかくなので、ただ島を巡るではなく、夕方のフェリーの時間までに、教会をいくつ周れるかチャレンジすることにしました。

■ 参考:五島列島に教会が多い理由

有川港から約50分、中通島と橋で繋がった島・頭ヶ島にある「頭ヶ島天主堂」に到着しました。島には上五島空港もありますが、2022年現在、定期便の運航はありません。また、この時は原付でふらっと頭ヶ島天主堂へ行くことが出来ましたが、2018年4月からは見学時間の事前連絡が必要となり、予約の時間に合わせてシャトルバスが走るようです。

1887年に木造で建てられた後、1919年の建て替えで石造りとなりました。石造りの教会は全国でも珍しいそうです。

教会の中は撮影NGなので、写真は残っていません。教会の天井には、島で有名なツバキをモチーフにした花柄模様があしらわれていることから、「花の御堂」という愛称でも親しまれています。

この島の住民は1軒を除いて皆さんキリシタンだったそうで、教会の近くにあるお墓もカトリック形式です。

続いて向かったのは『津和崎灯台・椿公園』。

ここが中通島の最北端。海を挟んで向こうに見える島が小値賀島野崎島で、野崎島まではおよそ600mしか離れていません。

そんな島の最北部・津和崎郷の外れにあるのが米山教会。教会の中は基本的に見学自由です(写真はNG)。こちらはステンドグラスが使われていなかったため、中は明るく、旧野首教会や頭ケ島天主堂とは異なる雰囲気でした。

29の教会を原付で巡る

これで2つ。ここから島を南下していきます。

米山教会からは15分ほどで到着したのは赤波江教会。国道218号線を外れた急斜面の上に建つ、赤い屋根の小さな教会です。他の方の旅行記や口コミを見ると「こんなところに教会があるのが凄い」とあります。道が狭いので、車で行くのは難しいですが、原付ならば問題ありません。

4つめは仲知教会。教会とは思えない外観なので、最初は通り過ぎてしまいました。その見た目とは異なり、内装は立派で、鮮やかなステンドグラスは上五島の教会で最も美しいと言われています。

仲知教会からは10分ほどで到着した5つめの教会は江袋教会。1882年に建てられた長崎県内最古の木造教会ですが、2007年に起きた火災で大部分が焼失してしまったそうです。2010年に復元され、今の姿となりました。

6つめは小瀬良教会。この時点ですでに12時半。残り3時間半で23の教会なので、9分に1教会のペースで巡らないと、コンプリートすることは出来ません(笑)

潜伏キリシタン迫害の歴史

五島列島全域にあるカトリック教会の数は51なので、その半数以上が新上五島町にあることになります。

7つめの大水教会に到着したのは12時50分。厳しくなってきました。各集落にひとつ、自治会館の代わりに教会があるような感じです。

こちらは「番岳」という、山の急斜面に建てられている教会です。米山教会と同様、ステンドグラスは用いられておらず、他の教会に比べて地味な作りとなっています。

曇っていても海は綺麗です。きっと教会以外にも見どころは色々とあるはずですが、今回は時間が限られているので、教会を巡ることしか出来ません。

8つめは曽根教会。この教会がある曽根郷地区では、1868年の「五島崩れ」の際に大変厳しい迫害が行われました。

2020年の国勢調査で、新上五島町の人口は約17,500人。人口は40年間減少し続けています。Wikipediaによると、1790年年代にも五島藩の人口は減少していたそうです。

1796年の移住人数は諸説あり

その時に取られた政策は、大村藩の人々を五島藩へ移住させるというもの。最終的には3,000人が五島藩へ移住したとされており、その多くが潜伏キリシタンでした。

時刻は14時15分、9つめの青砂ヶ浦教会は上五島の中心となっている教会です。2010年に献堂100周年を迎え、国の重要文化財にも指定されています。

レンガ造り教会堂の完成形』とも言われているそうです。レンガ造りの外観も綺麗ですが、ステンドグラスとコウモリ天井が作り出す荘厳な雰囲気は一見の価値あり。

徳川家康による禁教令以降、五島列島でもキリスト教の弾圧は徹底されていました。そのため五島へ移住した潜伏キリシタンの皆さんは、引き続き密かに信仰を続けていたそうです。

1865年、大浦天主堂で浦上の潜伏キリシタンが、ベルナール・タデ・プティジャン神父に自らの信仰を密かに告白。これを機に、潜伏キリシタンたちは次々と信仰を明らかにしましたが、当初は明治政府(1868年~)もキリスト教を禁止。長崎や五島列島のキリシタンは摘発され、このことが「○○(地名)崩れ」と呼ばれています。

10個目は冷水教会

奈摩湾を挟んで青砂ヶ浦教会の対岸に位置しており、この教会が完成する1907年まで、今の冷水教会周辺に住む人々は、船で青砂ヶ浦教会に通っていたそうです。

11個目の丸尾教会に到着。時刻は15時前ということで、教会巡りはここでタイムアップ!中通島の北部に位置する教会はコンプリートしましたが、半分も回ることは出来ませんでした。

新上五島から福岡・博多へ

原付を返して、有川港に戻ってきました。

乗船券を購入。フェリーで佐世保へと向かいます。

九州商船・フェリーなみじで、佐世保までは約2時間半の船旅です。

さらば五島列島。今回上陸したのは小値賀島・野崎島・中通島だけですが、長崎県の資料によると、五島列島には全部で129の島があり、そのうち18の島に人が住んでいます(恐らく橋で繋がった島を含む)。

最も人口が多い福江島にも上陸せずに終わったので、またいつかこの地域には訪れることでしょう。

フェリーは定刻通り、19時過ぎに佐世保・新みなとターミナルに到着。

フェリーターミナルから、JR日本最西端の駅・佐世保駅までは歩いて5分ほどの距離です。ここからは鉄道ではなく、20時発のバスで福岡・博多へ向かいます。

JRの普通列車を乗り継ぐ方が数百円安いですが、バスは乗り換えもなく、1時間早く博多へ到着します。さらに、事前にネットで予約をしておくと50円安くなるのです。

22時過ぎ、博多バスターミナルに到着しました。ここでさらにバスを乗り換え。

この日は鹿児島行きの深夜バス・さくらじま号で1泊です。

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今回はここまで。本日もありがとうございました。

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