稚内駅周辺を散策!ロシア・サハリンと交流がある町|2020年→2021年 年末年始旅行記10

2020年→2021年 年末年始の旅

ブログをご覧いただきありがとうございます。

今回は【2020年→2021年 年末年始の旅】旅行記その10をお届けします。

★前回の記事★

稚内駅周辺でロシアとの交流を感じる

沖縄から日本最北端の町・稚内に到達。

稚内駅前の道路標識にもロシア語表記があります。もう暗くなってしまいましたが、せっかくここまで来たので、列車の時間まで1時間ほど駅周辺を散策します。

まずは駅から歩いて10分もかからずに行くことが出来る「北防波堤ドーム」へ。

日露戦争後、南樺太(サハリン南部)が日本に割譲されました。稚内市の北端・宗谷岬から樺太南端までの直線距離は43kmしか離れていません。1923年に稚内と樺太の大泊(コルサコフ)を結ぶ「稚泊連絡船」(稚泊航路)が開設され、その船に連絡する形で、1928年には現在の宗谷本線が稚内駅まで開業しました

しかし、当時の稚内港には強い風と波が襲い、鉄道から船に乗り換える乗客を困らせていたそうです。さらに樺太行きの船の接岸も出来ず、まずは小型船に乗って沖合の船まで移動し、そこから乗船していました。

1936年にこの防波堤ドームが完成すると、乗客が波風をしのぐことが出来るだけでなく、樺太行きの船も接岸出来るようになり、利便性が大幅に改善されました。

北防波堤ドーム

現在の建物は1980年に改修されたもので、高さ13.6m、柱の内側から壁までが8m、総延長427m、柱の総数は70本。まるで古代神殿のような外観となっています。

北海道遺産にも認定され、私の他にも観光の人が歩いていました。ここではWi-Fiも使えるようです。

続いては駅前の商店街へ。

RESASより

こちらが稚内市の人口。2020年は3万3千人ほどが暮らしています。その歴史は1685年、松前藩が「宗谷場所」という役所を置いたところから始まり、アイヌの人々との交易の場や北方警備の要所として栄えてきました。

こちらの商店街、看板にロシア語が書かれたお店がいくつもあります。樺太との定期航路が開設されてからは、ロシアとの交流が増加。太平洋戦争で一時は途絶えたものの、1972年にサハリン州・ネベリスク市と稚内市が友好都市となり、最近まで稚内港では、ロシアとの貿易も盛んに行われていました。

駅前にあるスーパーへ。やはり海産物のコーナーは広く、北海道で獲れた魚介類がずらりと並んでいます。また、ロシアからの輸入品も、カニを中心とした魚介類が多かったようです。

稚内のスーパーで見つけた沖縄の商品

そんな中で見つけたのは南都酒造所のレモンサワー。沖縄の工場で作られているお酒です。

ビールコーナーではオリオンビールとサッポロ・クラシックが、横並びで販売されていました。沖縄フェアが行われていたわけではありませんが、稚内のスーパーにも沖縄の商品が置かれているというのは、意外な発見でした。

この日の夕食は稚内駅近くのセイコーマートで買った、税込120円パスタにしました。おにぎり1つの値段と同じと考えると、かなりお得です。

日本最北端の駅・稚内駅

稚内駅の周辺を1時間ほど歩いて駅に戻ってきました。

1938年から1945年までは、北防波堤ドームに作られた「稚内桟橋駅」まで線路が伸びており、そちらが日本最北端の駅でした。わずか7年間、しかも開戦直前から戦時中という時代ですが、宗谷本線から連絡する船に乗って、樺太へ渡ることが出来たのです。

1995年には稚内とサハリンを結ぶ定期航路が再開されました。この船は北防波堤ドームではなく、駅から10分ほど歩いた場所にある、礼文島や利尻島へ向かう船と同じ港を利用していました。

しかし、この航路は2019年から運航休止となっています。今のところ廃止ではなく休止であるため、GoogleMapにも「鴛泊(利尻島)」「香深(礼文島)」と並んで、「コルサコフ(サハリン)」と書かれています。

★参考:サハリン航路 台風で欠航★

稚内桟橋駅は太平洋戦争で廃止となり、現在はここ稚内駅が「日本最北端」の駅。日本最南端の指宿枕崎線・西大山駅(鹿児島県)から稚内駅まで、線路は繋がっており、その距離は3000km以上にもなります。

ちなみに、3000kmはオーストラリアのメルボルン~パースと同じくらいの距離感。また、線路では繋がっていませんが、日本最南端の駅は、今回の旅で最初に訪れた沖縄県・赤嶺駅です。

★参考:今回の旅の初日★

宗谷本線 旭川行き最終列車

これで日本最北端・日本最南端・日本最西端(那覇空港駅)を制覇したので、ここからは日本最東端の駅を目指して移動します。

まずは稚内駅を18時3分に発車する列車に乗車。

途中の名寄駅で乗り換えがあり、 終点・旭川駅に到着するのは23時40分という長旅です。

往路と同様に、1両編成の車内はほとんど席が埋まっていました。そしてほとんど皆さん旭川駅まで乗車していました。

列車は街灯や家の明かりがない暗闇を走るので、外の景色は全く見えません。窓には氷も付いていて、本当に外の様子が分かりません。

移動中はスマホでラジオを聴きながら作業していました。ラジオは1度も途切れなかったので、ソフトバンクの電波は通じるようです。

22時前、名寄駅に到着。

宗谷本線の最終列車・旭川行きに乗り換え。

運賃表は凄いことになっています。この列車は名寄駅始発ですが、稚内駅からの運賃が表示されており、その金額は東京駅から仙台駅までの普通運賃6050円とほぼ同じ。私が今回利用している北海道&東日本パスは7日連続利用出来て11,330円なので、そのお得ぶりを改めて感じることが出来ました。

列車は定刻通り旭川駅に到着しました。この日も前日と同じホテルに泊まります。これにて旅の4日目終了

.

今回はここまで。本日もありがとうございました。

★続きはこちら★

コメント

タイトルとURLをコピーしました