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今回は「2025年 小笠原諸島に育休移住してみた」その4をお届けします。
★前回の記事は こちら ★
島のパン屋 ローカルベーカリーへ
2025年4月20日、小笠原諸島での育休移住生活は7日目となりました。
この日の朝食はローカルベーカリーへ。宿泊している小笠原ユースホステルや港からは少し離れていますが、島民やリピーターに人気のパン屋さんです。

この日は日曜日ということもあり、朝9時の開店前から行列ができていました。

店内は狭いですが、惣菜パンから甘い系まで種類は豊富。離島でありながら価格も比較的リーズナブルで、味は間違いありません。お気に入りのパンがあったら、事前に予約しておくことも出来ます。

この日は東京からのおがさわら丸がやって来る、いわゆる「入港日」。船をお迎えするため、購入したパンをつまみながら、歩いて港へと向かいます。

こちらは小笠原水産センターの横に停泊していた海上保安庁の巡視船「みかづき」。2021年に配備された当時は、一定の外洋航行能力を備えた最新鋭の巡視船だったそうです。外国漁船の取り締まりだけでなく、漁船や観光で訪れるダイバーなどの海難事故、海に漂う航路障害物の撤去などで力を発揮すると紹介されています。
■参考:1
おがさわら丸の入港日
入港日には、朝の島内放送でおがさわら丸の到着時刻と乗船人数が案内されます。この日の入港は定刻通り11時でした。

10時過ぎに港へ到着すると、停泊していた千葉県の実習船「千潮丸」が、ちょうど岸壁を離れて出港していくところだったのでお見送り。

その後、おがさわら丸向けの目印となる旗が置かれました。交互に並んだ2本の赤線と3本の紺線はおがさわら丸のファンネルマーク。小笠原海運設立時の出資者である日本郵船と東海汽船にあやかったデザインとなっています。
■参考:小笠原航路の歴史

そして11時前、おがさわら丸がゆっくりと二見港へ入ってきました。船首と船尾にはコンテナが積まれ、島の生活を支える物資が運ばれてきます。船尾をよく見ると、この日は小さな船が積載されていました。恐らく海のツアーで使用される船でしょう。

日曜日におがさわら丸が入港するとき、港ではスティールパンの演奏が出迎えてくれます。スティールパンは、ドラム缶から生まれたトリニダード・トバゴ発祥の楽器。演奏をしているのは、返還35周年のときに開催されたワークショップをきっかけに結成された島民サークル「BSO(ボニンスティールオーケストラ)」です。
スティールパンの音色が響くだけで、港の空気は一気に明るさを増し、南国らしい開放感に包まれます。初めて小笠原を訪れた人は、船を下りた瞬間から「なんだ、この島は!」と、心をつかまれるはず。

おがさわら丸が入港すると、それまでの静かな島は一変、急に忙しく動き出します。写真はメインストリートに渋滞が発生している様子。今便には448名が乗船していたようです(=448名が一気に父島へやって来た状態)。

旅客の下船が終わると同時に貨物の積み下ろしがスタート。基本的に車を載せることは出来ませんが、貨物として運搬することは可能で、この日も船首からハイエースが出てきました。
乗船出来る?もうひとつの定期船「共勝丸」
小笠原諸島と本土を結ぶ定期船といえば「おがさわら丸」ですが、もうひとつ「共勝丸」という貨物船も島の暮らしを支えています。

父島の歩道にも「共勝丸」のパネルが設置されていました。観光客に注目されることはほとんどありませんが、島民であれば誰もが知っている、まさに「縁の下の力持ち」と呼ぶにふさわしい存在です。

共勝丸が運ぶのは、おがさわら丸には載せることができないガソリンなどの危険物、車両、建設資材、産業廃棄物など。父島ではおがさわら丸の前方に停泊していますが、写真の通り、船周辺には大量の資材?が置かれており立入禁止となっています。

かつては旅客も乗船できた時代があったそうです。船内にはベッドが備えられ、食事も提供されていたといいます(しかも安かった)。正確な所要時間は分かりませんが、現在の運航スケジュールを見る限り、おがさわら丸よりも時間がかかるようです。さらに船体も小さいため、かなり揺れたことでしょう。
■参考:おがさわら丸も揺れる

そして何より重要なのは、この船が本土と母島を直接結ぶ唯一の船であること。おがさわら丸は父島止まりで、ははじま丸に乗り換えが必要ですが、共勝丸は東京・月島発、父島経由母島行の定期船。小笠原諸島の有人島である父島&母島と本土は、おがさわら丸・クルーズ船・自衛隊の航空機、そして共勝丸で結ばれているのです。
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今回はここまで。本日もありがとうございました。
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