那覇を歩いて観光!沖縄旅行でおすすめ&おすすめしないスポットをご紹介|2025 旅行記

沖縄県

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今回は「2025年 沖縄・那覇を歩いて観光してみた」ので、その様子をお届けします。

那覇を歩いて観光

2025年1月4日、那覇市・国場川の河口にかかる国道58号線の明治橋にやって来ました。ここは沖縄の歴史を知ることが出来るおすすめのスポットです。

1879年の廃藩置県により、沖縄の政治の中心が首里から那覇へ移ると、那覇と沖縄本島南部を結ぶ橋の建設がスタート。完成したのが明治16年(1883年)であることにちなんで、「明治橋」と命名されたそうです。正面には、沖縄のテレビ塔である「沖縄タワー」が見えています。

橋の上には、県内の主要な離島と、かつて琉球王国の支配下にあった奄美群島の島々がある方角を示すプレートが設置されていました。

■参考:奄美大島と琉球王国

国土地理院地図より

かつて、日本本土や中国、東南アジアを繋ぐ中継貿易によって栄えた琉球王国。その拠点となっていたのが那覇港でした。当時の那覇港は現在「那覇ふ頭」と呼ばれており、その構造は以下のようになっています。

那覇ふ頭の南岸にある「那覇港湾施設」とは、いわゆる米軍基地のこと。米軍が必要とする貨物や人員を艦船で輸送するための積み下ろしなどを行う機能を担っているそうです。この日も、いかにもそれらしい雰囲気の船が停泊していました。

沖縄旅行でおすすめ!波上宮で初詣

時刻は11時半。今回はここ明治橋から那覇市内を歩いて観光してみます。

琉球王国時代、那覇港を行き交う船が神に航路の平安を祈り、航海無事の感謝を捧げたとされるのが、波上宮です。せっかくなので、波上宮で初詣をすることに。明治橋からは20分ほど歩きます。

到着しましたが、さすがは沖縄で一番人気とも言われる初詣スポット。すでに正月3が日を過ぎた1月4日の正午ですが、参拝する人の大行列ができていました。どうやらこの時期には、例年20万人近くの方が訪れるそうです。

今は並ぶことは諦めて、やって来たのは波之上ビーチ。海を正面にして、ビーチの左側にある岩の上に波上宮があるので、ここから願いを込めて手を合わせました。年末年始の沖縄旅行におすすめのスポットです。

福州園を見学

続いては、波之上ビーチから歩いて5分ほどの場所にある福州園にやって来ました。

福州園は、中国福建省福州市と那覇市の友好都市締結10周年と那覇市市制70周年を記念し、1992年に開園した施設。外観からして、これまで琉球王国ゆかりの史跡かと思っていましたが、そうではないということです。

料金200円を支払って入園。なお、web限定の割引チケットを利用すると180円で入園することも可能です。順路に沿って見学していきます。

園内は中国・福州の素材を使い、福州式庭園を忠実に再現しているとのこと。何も知らなければ、朱色が多いこともあり、琉球王国時代の建物が再現されていると思ってしまいそうです。

それほど広くはありませんが、とても綺麗で、どこを切り取っても画になります。那覇市街地にありながら、園内は都会の喧騒とは無縁の空間です。

絵画や骨とう品を紹介するコーナーもありました。

久米村(クニンダ)の歴史

福州市と那覇市との関係は、14世紀にまでさかのぼります。

当時の琉球王国は、大貿易時代を迎え、大いに繁栄していました。その繁栄を支えた存在のひとつが、福建省から移住してきた久米村(クニンダ)の人々です。現在の那覇市久米にあたる久米村は、当時、琉球王国の交易や外交を担う拠点でした。

■参考:中国と琉球王国の関係

久米村に住む人々のルーツは、琉球王国成立以前の三山時代に、中山王・察度が明に依頼し、明の皇帝の命によって琉球へ派遣された職能集団とされています。職能集団であった彼らは、造船技術や航海術を琉球に伝えました。これにより航海の安全性が高まり、後の琉球王国の大航海時代へとつながっていきます。

■参考:三山時代の琉球王国

その後も、明からの移民は琉球王国によって久米村に集められ、主に外交や通訳、文書作成などを担当しました。こうした活動を通じて、久米村の人々は琉球の政治や文化形成に深く関わっていたそうです。

首里・那覇の士族から迎え入れられた人々も含め、室町時代から江戸時代初期にかけて明から渡来した移民やその子孫は、「久米三十六姓」と呼ばれています。また、この地には1718年、琉球初の学校とされる公立教育機関「明倫堂」も設立されました。

しかし、久米村一帯は第二次世界大戦で壊滅的な被害を受けます。その跡地に整備されたのが、現在の福州園です。福州園は、こうした長い歴史の積み重ねの上に造られた場所でもあります。

■参考:1

沖縄旅行で訪れるのはおすすめしない?

一方で、沖縄らしさはほとんど感じられません。建物の屋根も、よく見ると沖縄の昔ながらの建物に象徴される「朱色」ではなく「黒色」です。

沖縄感を演出する施設ではなく、ここはあくまで「福州の庭園」。沖縄旅行で限られた時間の中、わざわざここを目的地にすべきかというと微妙です。

ただ、GoogleMapの口コミの評価は高いので、ふらっと散歩程度に訪れるのがいいのかもしれません。夜はライトアップされた庭園を見学することも出来ます。

こちらは福州園の中にあるレストラン「福州園ガーデン」。ここでは中華料理だけでなく、沖縄料理のメニューも提供されています。

福州園にある庭園の池を泳ぐ鯉向けのエサも販売されていました。

福州園が建設される所以となった、琉球とクニンダの歴史を知ることが出来るのが、福州園に併設されているクニンダテラス。休憩スペースもあります。

沖縄旅行でおすすめ!牧志公設市場へ

福州園には30分ほど滞在し、続いて向かうのは第一牧志公設市場

途中で国際通りを経由し、30分ほど歩きます。

到着しました。戦後の闇市を経て、1972年から公設市場として営業を続けてきましたが、老朽化により2019年に一旦クローズ。2023年からリニューアルオープンしています。

■参考:牧志公設市場の最終日の様子

中に入るとこんな感じ。1階にお店が並び、2階が食堂となっています。以前の公設市場には、異国情緒が漂う独特の明るさや匂い、湿気があり、良くも悪くもカオスな空気がありましたが、そうした雰囲気は薄れ、全体として綺麗に整えられた観光地という印象を受けます。

もともと公設市場は「那覇市民の台所」として親しまれてきた場所です。しかし現在では、那覇市内にもスーパーやコンビニが数多くあり、さらに沖縄は車社会。無料の駐車場がない公設市場で、日常の食卓の買い物をする地元の人は、以前に比べてかなり少なくなっているのではないかと感じました。

■参考:国際通りも観光地ではなかった

かつては、こうした沖縄のローカルな雰囲気を求めて観光客が集まっていた場所でもあります。ただ、訪れる人の比率が次第に観光客の方が多くなったことで、方向性も自然と変わっていったのでしょう。現在の公設市場は、地元向けというよりも、観光客向けに振り切った空間として再構成されているように見えます。

言い換えるなら、ここは「演出された沖縄のローカル」です。生活の場としての市場というより、昔ながらの沖縄の雰囲気を体験するための施設と捉えた方が、実態に近いのかもしれません。

とはいえ、生きたヤシガニ(=新鮮)を食材として販売しているスーパーはほとんどないと思うので、今でも公設市場で買い物をする地元の方もいるはず。

市場全体の雰囲気はガラッと変わりましたが、お店には本州では見られないような色の魚が並んでいたり…

ハリセンボンが並んでいたりと、ぶらぶら歩いているだけも面白いです。沖縄旅行でおすすめのスポットしてよく紹介されており、間違いのない観光地です。

そして、1階のお店で販売されている魚などを、2階の食堂で調理してもらい、その場で食べる「持ち上げ」が名物となっています。

また、公設市場は綺麗になりましたが、周辺はカオスな雰囲気が残っています。よく晴れた日の午後3時でこの雰囲気を出せる場所が、日本で他にあるのでしょうか。

まるで映画のセットの中を歩いているような気分になります。

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今回はここまで。本日もありがとうございました。

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