昔は琉球王国だった?鹿児島・沖永良部島へ!じゃがいも生産が盛んな農業の島|2020 旅行記

島旅

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今回は2020年2月「沖永良部島旅行記」をお届けします。

沖縄から船で鹿児島・沖永良部島へ!

2020年2月、沖縄北部・本部港へやって来ました。今回はここからフェリーあけぼのに乗船し、鹿児島県・沖永良部島に上陸します。本部ー沖永良部間の往復運賃は6,000円でした。

■ 参考:沖縄ー鹿児島航路の詳細

定刻通り、9時20分に本部港を出港。ここから沖永良部島までは約5時間の船旅です。やや揺れましたが、船内Wi-Fiがサクサクだったので、移動中も作業がはかどりました。

本部港を出港してから約2時間半でフェリーあけぼのは与論島へ入港。乗下船と荷役を終え、12時10分に沖永良部島へ向けて出港しました。

この日、沖永良部島で入港する港は伊延港。与論島出港後、船内放送で通常利用する和泊港からの変更が発表されました。波や風の影響により、急きょ到着する港が変わるのは、島旅(船旅)あるあるかもしれません。

沖永良部島が見えてきました。隆起サンゴ礁で出来た島には大山と越山という2つの山があり、標高約240mの大山が島の最高峰です。

14時ちょうど、沖永良部島・伊延港に到着しました。しかし、なかなか強めの雨が降っています。

鹿児島県のホームページでは『花と鍾乳洞の島』と紹介されている沖永良部島。温暖な気候のため、四季を通じて熱帯や亜熱帯の花々が咲き、200から300ほどある鍾乳洞群を探検する「ケイビング」や、冬は「ホエールスイム」も行われています。

翌日の沖縄行きの船まで1泊2日の滞在ですが、この雨なので、島の自然や絶景を楽しめるようなスポットはどこもダメです。運よく知り合いに紹介いただいた島の方の車に乗せていただき、島を案内してもらえることになりました。

島の歴史・人口・産業をご紹介

島の1周は約40km。車であれば3~4時間程度で周ることが出来ます。

こちらは和泊町役場。沖永良部島には、和泊町ともうひとつ「知名町」があります。1908年に島嶼町村制が施行された時点で、すでに和泊村と知名村に分かれていたようです。

昔は琉球王国の一部だった

島の人口は2町合わせて約12,000人。伝承によると、今から600年以上前、沖永良部島は沖縄・北山の勢力下にあり、北山王の次男「真松千代(ままつちよ)」が島主であったとされています。

1609年の薩摩藩による琉球侵攻以前は琉球王国に属し、以後は薩摩藩の直轄領となりました。現在は鹿児島県に属していますが、和泊町には「国頭」という、沖縄本島でも見られる地名が残されています。

沖永良部島ポーズで記念写真

薩摩藩の直轄領時代は、主に政治犯的な囚人の流刑地だったそうです。1862年には西郷隆盛が流され、島に1年7か月の間滞在しました。また、太平洋戦争終了後は、他の奄美群島の島々とともに米軍統治下に入った歴史もあります。

こちらは島を回っている途中で見つけた和泊町立内城小学校。創立は1877年(明治10年)という、120年以上の歴史がある学校です。島に小学校は9校あり、高校も1校あります。

人口1万人以上 離島っぽさを感じない

道路は綺麗な2車線で信号もあり、車で島を走っていると「離島っぽさ」をあまり感じませんでした。

ドラッグストアモリは、九州各地に店舗があるチェーン店。ニシムタやダイソー等もあり、与論島に住んでいる方は沖縄よりも、沖永良部島へ買い物に出かける場合が多いそうです。

島のスーパー「Aコープ」へやって来ました。

こちらは島の近海で「青ホタ」。「アオダイ」の鹿児島風の呼び名で、築地では高級魚として扱われる白身魚です。「お刺身」というシールが貼られていますが、煮つけや塩焼きでも美味しいとされています。

2020年 国勢調査より

なお、沖永良部島で漁業に従事している人は少なめ。島民のおよそ3割が農業に従事している「農業の島」です。

収穫期には人手が足りなくなるため、島外からも短期アルバイトを募集していたりもします。

じゃがいも生産が盛んな農業の島

沖永良部島の農業事情について、島民の方から詳しくお話を聞くことが出来ました。

まずやって来たのは、通称「亀仙人」さんがいる倉庫。「はじめまして」の挨拶をしたと思ったら、マシンガントークが始まりました(笑)

亀仙人さん(右)

亀仙人さんから聞いた話は色々ありすぎてあまり覚えていませんが、ひとつ印象に残っているのは「じゃがいもの話」です。鹿児島県はじゃがいも生産量全国3位。沖永良部島は県内4つの地区が指定されている「かごしまブランド産地」のひとつで、日本一早いじゃがいもの収穫が行われています。

亀仙人さんが飼育しているポニーの足元にも、売りに出せなかったじゃがいもが捨てられていました。2016年、北海道に台風が直撃。じゃがいもが全国で品薄になると、沖永良部島産のじゃがいも需要が高まり、ここぞとばかりに大型機械を導入した農家さんもいたそうです。

しかし、北海道のじゃがいも生産が回復するにつれて、余るようになる沖永良部島のじゃがいも。高額な大型機械を導入する際、巨額の借金を作った農家さんは、相当厳しい状況になってしまったそうです。

じゃがいもの話は、島民の方との飲みの席でも話題に上がりました。強みを持たず、量だけ増やした結果、供給過剰になってしてしまい、価格の下落が深刻なようです。農家さんが儲かると、島のお店も賑わい、島外からリゾートバイトの方などがもやって来る一方で、農家さんの経営が厳しくなると、島全体が影響を受けることになります。

仕事が減ると、今度は島から人口が流出し、待っているのは人口減少・高齢化の未来。「外貨獲得」「人手が必要な仕事を作る」ことが、地域を振興するうえでは重要なのです。

沖縄行きの船は条件付き

事前に宿の予約もしていませんでしたが、島の方に紹介いただいた永嶺荘に泊まることが出来ました。

料金は島内最安の1泊2,000円。ちなみに、宿の主の姪っ子は、サッカー日本代表・長友選手の奥さん、平愛梨さんだそうです。

翌朝、沖縄行きの船の出港は12時。永嶺荘から港までは約10km。近くのバス停からバスもありましたが、本数が少ないが上に、寝坊してしまい間に合いませんでした。

歩いて港まで行こうとしましたが、宿の方に送っていただき、9時半過ぎには和泊港に到着。船の出発まで2時間以上あるので、まだ人は全くいませんが、待合室は開放されています。

受付窓口には【条件付き】という案内が出ていました。和泊港ではなく伊延港入港か、船が島を通過してしまう「抜港」の可能性もあります。窓口に人はおらず、書かれている電話番号に電話をしても繋がらず…とりあえずこのまま待つしかなさそうです。

Wi-Fiは繋がったので、ベンチに座って作業をしていると、待合所にあるお土産屋さんの方が開店準備を始めました。その後、船の係員の方もやって来て、港の様子を確認していましたが、どうやら船は通常通り入港するようです。

11時半過ぎ、フェリー波之上は何事もなく、和泊港へ入港しました。

そして乗船。車両甲板には沖縄へ運ばれる自衛隊の車両が並んでおり、なかなか迫力ある光景を見ることが出来ました。

さらば沖永良部島。天気は悪かったもの、ディープな過ごし方をすることが出来た1泊2日の島旅でした。

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今回はここまで。本日もありがとうございました。

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