【舳倉島】船の就航率25%… 絶海の孤島を歩く。番屋のような家々が並ぶ漁業の島だった。|2018年旅行記その10

舳倉島

ブログをご覧いただきありがとうございます。

本日は2018年の
アルペンルート・舳倉島旅行記」その10
をお届けします。

これまでの旅の思い出を振り返ります。

★前回の記事★

絶海の孤島「舳倉島」

能登半島の先に浮かぶ絶海の孤島  
舳倉(へぐら)島を半日で歩き1周します。

場所はここです。
輪島の北方海上50kmに位置しています。

島旅好きの間でいわれる「絶海の孤島」は
青ヶ島やトカラ列島が有名ですが
舳倉島が話に出てくることはありません。

平成28年度、舳倉島への
定期船の就航率をみると
最も就航率が高い6月でも86.6%。
12月に至っては25.8%まで落ちます。

私が舳倉島に上陸したのは
船の就航率が最も低い12月。
天気も良くてラッキーでした。

観光客は当然おらず、歩いていても
人の気配が感じられません。

アンテナは付いているので
人は住んでいると思われます。

番屋のような家々。漁業の島。

島の家々はほとんどが木造。
番屋(漁場の近くにある作業場・寝床)」
のような外観の造りです。

舳倉島の周囲は対馬暖流の影響で
好漁場が広がり、海女さんによる
アワビやサザエの素潜り漁が
約350年前から行われています。

漁業は島で唯一の産業と言えるでしょう。

漁が盛んな時期だけ島に住んで
他の時期は対岸の輪島に住んでいる

という方が多いそうで、夏の人口は200人、
冬の人口は30人とも言われています。

商店もなく、冬は船の欠航も多いので
島暮らしはなかなか厳しいことが伺えます。

こちらは島に2つだけある宿のひとつ
「民宿つかさ」

釣り人やバードウォッチングで
島に訪れる人もいるそうです。

どんなに小さな離島でも
民宿はありますが、工事関係の人が
長期滞在していることが多く
案外予約が取れなかったりします。

益谷秀次先生の像

縄文時代から人がいた形跡もある一方で、
1950年代まで島に定住する人はおらず
1957年に離島振興対策実施地域に指定され
インフラの整備などが進みました。

輪島と舳倉島をつなぐ貨客船の運行が
始まったのも1960年から。

島を歩いていると、
独特でレトロな雰囲気が感じられますが
人が定住した歴史はまだまだ浅いのです。

そうした舳倉島の発展を語るうえで
欠かせない人物がいます。

小学校に置かれていた
二宮金次郎の像に続いて登場したのは
益谷秀次先生」と書かれた像。

この方は石川県能登町出身の政治家で
「のと鉄道」を開業させた人物。

舳倉島では港湾やインフラの整備を手がけ
島の発展に貢献したそうです。

能登町には益谷記念館もあります。

神社が多い島

1周5kmほどの舳倉島ですが
島内には神社がいくつか点在しています。

こちらは伊勢神社。
昔はここが島全体の総氏神だったそう。

綺麗で立派な鳥居が建てられています。

「やしろ様」とも言われる
島に鎮座する七つの小宮のひとつです。

島の信仰などについてはまた次回!

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ということで本日はここまで。
今回もありがとうございました。

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~移住3年目20日目 終了~

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