門司港レトロを散策!日本三大港・門司の歴史を知る|2021年 御船印旅行記 その54

御船印の旅

ブログをご覧いただきありがとうございます。

今回は「御船印をゲットする旅 2021年10月」その54をお届けします。

★前回の記事★

関門海峡を横断する

下関から門司港へ渡ります。

往路は電車を利用しましたが、復路は船です。

巌流島行きの船と同じ港から出港し、約5分で関門海峡を通過します。

乗船しました。

便数も多いので、巌流島行きの船を待っている間、通勤・通学でこの船を利用している人の姿も多く見られました。

関門海峡 下関→門司港 ノーカット

が、そこそこ揺れます。

巌流島には関門海峡の流れに沿って向かいますが、この船は海峡を渡るので、流れを横から受ける形となります。

これほど揺れる船が日常的に利用されているのは、日本でここだけかもしれません。

門司港に到着しました。まだ飛行機まで時間があるので、「門司港レトロ」を散策します。

門司港レトロを散策する

こちらはブルーウィングもじ

全長約108m、日本最大級の歩行者専用はね橋です。もともとは1919年に門司税関によって設置された浮さん橋があり、積み降ろしされる物や行き来する人の監視が行われていました。

ブルーウィングもじ 開閉の様子

この橋は1日6回、水面に対し60度の角度に跳ね上がります。橋の開閉はあくまで観光用。

恋人の聖地」にも選定され、橋が閉じて最初に渡ったカップルは一生結ばれると言われています。

1988年、門司港駅舎が重要文化財に指定されたことをきっかけに、観光地としての整備が進み、「門司港レトロ」として1995年にグランドオープンしました。

★参考:門司港レトロの詳細★

【公式】門司港レトロインフォメーション
【公式】門司港レトロ観光情報サイト「門司港 レトロインフォメーション」。おすすめの観光スポットや観光情報を発信

門司港の歴史

門司港の開港は1889年のこと。

さっそく洋風な建物が登場しました。港周辺から綺麗に整備されています。

江戸時代は鎖国していた日本。門司港は本州に近い一方で、塩田と漁業を生業とする小さな村だったそう。門司は鎖国の終了とともに開港した街ではありません

江戸時代は「小倉」に港があり、小倉から下関へ渡っていました。

小倉にある「常盤橋」は九州各地に伸びる諸街道の起点となっており、唯一海外と繋がっていた「長崎」にも街道が伸びていました。

門司港が発展するのは1889年、石炭などを扱う国の特別輸出港に指定されて以降のことです。

金融機関や商社・海運会社の支店が相次いで進出し、外国航路の拠点、そして貿易港として発展しました。

日清戦争や日露戦争の時には、軍需品や兵士たちを送り出す重要な港にもなり、神戸・横浜と並んで日本三大港に数えられました。

1891年には門司を起点とする九州鉄道が開通し、門司は陸海における九州の玄関口となりました。

欧州からの貨客船や中国との定期航路なども寄港し、相当賑わっていたようです。

貿易港ということで、こちらは1912年に建築された旧門司税関門司港レトロの建物群の中で最古の建物です。

中には密輸品の展示などがあり、無料で見学することが出来ます。

この展示がなかなか面白かったので、その様子は次回ご紹介します。

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今回はここまで。本日もありがとうございました。

★続きはこちら★

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~沖縄移住4年目4日目終了~

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