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今回は「2025年 小笠原諸島に育休移住してみた」その3をお届けします。
★前回の記事は こちら ★
おがさわら丸出港中の父島を観光
2025年4月18日、小笠原諸島での育休移住生活は5日目となりました。

この日の天気は曇り。島と本土を結ぶ交通手段は『おがさわら丸(通称おが丸)』という1隻の船だけ。その唯一の船が島にいない間は「出港中」と呼ばれ、この間はスーパーなどのお店やツアーもお休みになることが多いです。今回はそんな出港中の島を観光した様子をお届けします。
■参考:小笠原諸島はつまらない?

散歩がてら二見港に行ってみると、普段はおが丸が停泊している場所に見慣れない船がいました。この船は千葉県の漁業実習船「千潮丸」。どうやら千葉県の高校生がこの船で父島にやって来たようです。

天然の良港として知られる父島・二見湾。古くから太平洋を行き来する船舶の補給基地として機能してきたこの湾には、現在も様々な船舶が出入りしています。二見港は出入国管理及び難民認定法に基づく出入国港に指定されているので、小笠原から出入国すると、パスポートには「FUTAMI」という印が押されるのです。
■参考:二見湾と小笠原の歴史
無料の水族館 小笠原水産センター

続いてやって来たのは小笠原水産センター。港から歩いて5分ほどの場所にある施設で、小笠原の産業を活性化させるための調査・研究を行っているとのこと。

小笠原周辺海域や父島・母島の河川、貯水池に生息している生物が飼育されており、無料で見学することが出来ます。「小さな水族館」という愛称の通り、大きな施設ではないので、空いた時間にフラっと訪れるくらいがちょうどいいです。

こちらは水産センターにあった4月に入ってからの海水温。20度前後はこの時期にしては低いそうです。実際私も滞在中に海へ入ったのは一度だけ。かなり冷たかったので、その後は入る気にならず、海のツアーにも参加しませんでした。

その後、観光協会に立ち寄ると【ザトウクジラ情報】が出ていました。どうやらこの日、ウェザーステーション展望台から、30分間の観測で3群4頭を確認することが出来たそうです。
ウェザーステーション展望台と父島気象観測所
ということで、続いてはウェザーステーション展望台へ向かうことに。
港からウェザーステーション展望台までは2.2km。上り坂が続く峠のような道を約40分間歩きます。

こちらは途中にあったガソリンスタンドの料金。レギュラーは242円でした。食料やガソリン、さらに島民の方に聞いた家賃まで含め、小笠原では全体的に物価が高めです。

こちらは、ウェザーステーション展望台へと続く道中の開けた場所から望む、二見港周辺に広がる集落「大村」の景色。大村は行政機関や宿泊施設、飲食店が多く、島民の勤務先ともいえる地区です。

そして、ウェザーステーション展望台に到着。展望台の名称は、かつてこの場所に「高層観測ドーム」と呼ばれる気象庁の施設があったことに由来するとされ、現在も父島気象観測所(気象庁)の「高層気象観測施設」があります。

こちらがその施設。1896年以降、父島は観測点の少ない北西太平洋上に位置する観測拠点として、台風の進路予測や津波の監視など、防災において重要な役割を担っているそうです。

ウェザーステーション展望台からは水平線に沈む夕陽や、冬の時期は父島周辺で繁殖活動と子育てを行うザトウクジラの姿を見ることが出来ることから、観光客だけでなく、島民にも人気のスポットとなっています。しばらくクジラを探してみましたが、発見することは出来ず。

帰りにガソリンスタンドの横にある父島気象観測所で「はれるんカード」をゲットしました。はれるんカードは全国にある気象庁の施設で配布されているデジタルカードです。
自衛隊の基地を見学
2025年4月19日、育休移住生活6日目も曇り空だったので、宿の周辺でのんびりと過ごしていました。

やって来たのは、大村集落のはずれにある海上自衛隊の基地。父島には横須賀地方隊のひとつである「父島基地分遣隊」が常駐しており、その基地内を見学することが出来るのです。

入口付近にはグアバが実っていました。確認してみると、自衛隊の方が栽培しているものではないとのこと。どうやら野生化した木のようです。

入口の柵はほとんどいつも開いているので、中へ入っていくと、基地見学についての案内板がありました。見学時間は以下の通り。
- 平日:12時15分~12時55分
- 平日:16時45分~日没15分前(10月初旬~2月初旬は実施無し)
- 土日祝日:8時05分~日没15分前
この日は土曜日だったので、それほど時間は気にせずに足を運んでみました。

まずは当直室で受付。名前や住所、勤務先などを記入するだけで、何か特別な手続きはありません。また予約も不要です。

入門許可証をゲット。受付後は、ガイド役の隊員の方が基地内を案内してくださります。

基地内のテニスコートは島民も利用することが出来て、この日は小笠原村の村長がテニスを楽しんでいました。

こちらの体育館も島民は利用することが出来るそうです。民間人にこれほどオープンな自衛隊の基地は日本で他にあるのでしょうか。ちなみに、ホームページで紹介されている父島基地の任務は以下の通り。
- 基地の警備及び管理
- 艦船及び航空機に対する支援
- 警備上必要な調査
- 海上における危険物の処理
- 海上における救難
■参考:船上から硫黄島を見学

ただ、父島基地の最も重要な任務は急患の輸送でしょう。父島や母島で急患が発生した場合、患者はまずヘリコプターで硫黄島へ運ばれた後、飛行機で神奈川県の厚木基地へ。そこから救急車で都内の病院へと運ばれます。急患といえども、病院までの所要時間は平均して10時間近くかかるようです。

恐らく、小笠原諸島における自衛隊の中核は硫黄島の基地にあり、父島の施設は前線基地という位置づけではないのだと思われます。そのためオープンしておくことが可能であり、むしろ島民(村民)の生活を支える側面を持つ施設として、地域に開かれた存在である必要があるのかもしれません。

海へと続くこちらのスロープは飛行艇(飛行機と船の両方の特徴を持ち、陸上だけでなく海面にも着水できる飛行機)のためのもの。急患輸送は大抵ヘリで行われるので、VIPの来島や訓練のために、年に数回だけ父島に飛行艇がやって来ます。ウミガメも産卵のため、このスロープを上って来るそうです。

隊員の方から案内はありませんでしたが、「1944年8月31日の爆撃で52名が亡くなった」という案内板と壕の入口らしきものも確認できました。
イースターが土曜日に行われる?
自衛隊の基地見学は15分ほどで終了。基地内には特別何か珍しいものがあったりするわけではありませんが、基地内に入ること自体が特別な体験になるかもしれません。

宿へ戻る途中、聖ジョージ教会に寄り道。創立は1909年ですが太平洋戦争で焼失。米軍統治下の時代に米国海軍・米国聖公会・欧米系島民らによって再建され、1968年10月17日にハワイ教区ケネディ主教によって、正式に教会として認められました。

入口にある英文を日本語訳すると【平和のチャペル 米国海軍からボニン火山列島の軍人と民間人に捧げる】。小笠原諸島が英語で「BONIN ISLANDS」と表記されるのは、江戸時代に「無人島(ぶにんじま)」と呼ばれていたことが由来とされています。

この日、聖ジョージ教会ではイースター(復活祭)の行事が行われていました。イースターは、春分の後の最初の満月の次の日曜日と定められており、2025年は4月20日がその日に当たります。ところが、この日は土曜日です。

おそらく翌日におがさわら丸が入港し、島内が慌ただしくなるため、前日に執り行われたのでしょう。島の暮らしが船の運航スケジュールとともに動いていることを象徴する一場面でした。
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今回はここまで。本日もありがとうございました。
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