小笠原の郷土芸能 南洋踊りを体験!都道最東端の地にある楽器は?|2025 旅行記17

島旅

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今回は「2025年 小笠原諸島に育休移住してみた」その17をお届けします。

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父島の居酒屋で夕食

2025年4月27日、小笠原諸島・父島での育休移住生活は14日目を迎え、この日を含めて残り3日間となりました。

天気は曇り。遠くへ出掛けたり、ツアーに参加したりはせず、宿の周辺でのんびりと過ごします。滞在中は食事のほとんどを持参したパスタやパックご飯で済ませていたので、少し食事にお金を使ってみることに

昼食は島のパン屋さん・ローカルベーカリーへ。

おやつは港の前にある総菜屋さんで厚切りハムカツをゲット。島にいると、どうしても野菜が少なくなりがちです。宿にキッチンがあれば、スーパーやJAで野菜を手に入れることは出来ます。

夜は洋風居酒屋CHARAへ。18時前の入店だったので予約なしで入れましたが、リピーターや島民にも人気のお店なので、基本的には事前予約がおすすめです。

島鮮魚刺身5点盛り(ハーフ)と白米。内訳はカンパチ・ホオアカクチビ・キハダマグロ・ヒメダイ・イソマグロでした。島では獲れた魚を観光客が買える場所がなく、飲食店や宿が漁協から直接仕入れるのが一般的。島の魚を食べたい場合は、宿か飲食店を利用することになります。

島ソデイカの天ぷら。妻は魚介類アレルギーで、普段は食べると身体中が痒くなるそうですが、小笠原では症状が出ないとのこと。こうした話を他の人から聞くこともあるので、やはり鮮度が関係しているのでしょうか。

メカジキの唐揚げ。メカジキは小笠原での漁獲金額が1位と紹介されています。

■参考:1

島マグロのレアカツ。メカジキに次ぐ、漁獲金額2位の魚がマグロ。繁殖期にイソマグロが集まる「マグロ穴」というダイビングスポットも有名です。

薬膳鶏マヨ島ラー油ピザ

最後はタコの実アイスタコとは小笠原の固有種・タコノキのこと。固有種を使っているので、小笠原でしか食べられません。ほんのり甘く美味しかったです。料金は2人で合計6,580円でした。

■参考:タコの実落下注意の標識もある

小笠原の郷土芸能 南洋踊りを体験

食事を終えて、続いて向かったのは小笠原ビジターセンター。19時から行われる南洋踊り体験会に参加しました。

南洋踊りは東京都の無形文化財にも指定されている小笠原の郷土芸能。イベントで披露されることもありますが、見ることが出来る機会は少ないです。体験会への参加は無料で予約も不要。こうした体験会はたまに開催されています。

南洋踊りの歴史

レクチャーをするのは南洋踊り保存会の会長兼小笠原村村長の渋谷氏

南洋踊りはミクロネシアにルーツがある踊りです。ミクロネシアのドイツ統治時代(1800年代末〜1914年)、西洋の軍事訓練を模倣して成立した「行進踊り」が原型とされています。

■参考:ミクロネシアの歴史

踊り手は横一列に並び、足を前に蹴り上げながら腕を前後に振る「その場足踏み」を行い、太ももを平手打ちする動作を繰り返すというもの。「左、右」にあたる掛け声を伴い、ハーモニカで西洋風のメロディが演奏されたり、現地語や混合言語で歌が歌われたりしました。

その後、日本統治時代のミクロネシアには多くの日本人が移住。こうしてミクロネシアへ渡った日本人が現地の行進踊りを持ち帰り、各地に伝えました。小笠原には、南洋興発のサイパン支店で勤務していたジョサイア・ゴンザレスさんが1934年に父島へ帰島した際に伝えたとされています。

沖縄にも類似した踊りがある

出典:「沖縄県竹富島仲筋集落の余興芸能「バッサイロン」に関する一考察」P96

始めは「土人踊り」と呼ばれ、全身を黒く塗り、目と口の周りに白い輪を描き、オガサワラビロウの葉で作った腰みのを巻いて、男性のみが踊っていたそうです。また、ミクロネシアへの移民に沖縄県民が多かったことから、沖縄にも類似した踊りが伝わっています

■参考:沖縄と小笠原の違い

2018年に撮影 南洋踊りの決めポーズ

現在の小笠原の南洋踊りは、南洋群島のさまざまな島の歌と踊りを、各歌の間に「レフト、ライト」という掛け声を挟んで転換していく構成です。以前は入場行進の歌もあったそうですが、現在は存在せず、横一列に並んだところから踊りが始まります。

歌は5曲からなり、「夜明け前」はパラオ、「ウワドロ」はチューク島に原曲がありますが、「ウラメ」「ギダイ」「アフタイラン」の詳細は分かっていないそうです。この5曲を連続して歌いながら踊ります。そして、歌詞もやはり様々な言語?が混在しているため、意味はほとんど分かりません。

■参考:2

踊りの際にリズムを刻む太鼓は「カカ」と呼ばれ、小笠原に生育するタマナ(和名:テリハボク)の幹をくり抜いて作られたもの。大神山公園のステージ横に、イベント用と思われるカカが置かれていました。

都道最東端の地に置かれている楽器

体験会では約1時間、南洋踊り保存会の方々からレクチャーを受けながら、実際に南洋踊りを踊ることができました。

翌日、2025年4月28日のお天気は曇りで、お昼まで宿周辺でのんびりと過ごしていました。

昼食を済ませた後、「村役場前」のバス停を12時30分に出発する村営バスに乗車。

■参考:父島の観光には村営バスが便利

「農業センター」でバスを降車し、そこから歩いて夜明道路にやって来ました。

■参考:夜明道路を観光

目的は巽道路。夜明道路から南東方面に分岐している道です。夜明道路と同じ都道240号線ということもあり、せっかくなので歩いておきます。

こちらは道沿いにあった「大滝旧陸軍病院戦没者名碑」。大滝はこの辺りの地名なので、かつて陸軍病院があったのでしょう。案内板はなく、情報も少ないので、詳細は不明です。

夜明道路の分岐点から歩くこと約15分、「都道最東端」の看板が現れました。屋根にあるのは、南洋踊りの腰みのにも用いられるオガサワラビロウです。

さらに、看板の下にはカカとバチもありました。叩くとカカの音色が静かな森に響きます。都道最東端の地にストリートピアノならぬ、ストリートカカがあることは、ほとんどの都民が知らないことでしょう。

■参考:都道最南端に地は母島

なお、これより先はガイドの同行が必要なエリアのため、来た道を引き返します。

都道最東端の碑=巽道路

地図で見ると、巽道路の東から南にかけてはまだ陸地が広がっていますが、観光客だけで歩ける道は島のほんの一部に過ぎません。

出港パーティーでも南洋踊り

巽道路は両側を木々に囲まれており、展望台も無いので、この最東端の碑以外に見どころはありません

少々勿体ない気がしたので、1時間ほど歩いて、小港海岸の近くにあるUSK Cofffeeにやって来ました。小笠原コーヒーを飲むことが出来るお店です。

ちょうど、コーヒーの花が満開に咲き誇っていました。

■参考:コーヒーの成長過程について

コーヒーだけでなく、コーヒーチェリーやモモタマナを使った手作りクッキーもおすすめです。

この日の夜は小笠原ユースホステル名物の出港パーティー。いよいよ我々も翌日のおがさわら丸で帰ります。

■参考:小笠原ユースホステルについて

一通り食事を楽しんだ後は宴会タイムとなり、毎回スタッフさんたちによる南洋踊りが披露されるのも恒例。その完成度はさておき、恐らくここが小笠原で唯一、定期的に南洋踊りを見ることができる場所ではないでしょうか。

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今回はここまで。本日もありがとうございました。

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