レトロな街並みを散策!日本三大港・門司から門司港駅まで歩く|2021年 御船印旅行記 その8

御船印の旅

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今回は「御船印をゲットする旅 2021年10月」その8をお届けします。

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門司港レトロを散策する

名門大洋フェリーで新門司港に到着後、一度本州・下関へ渡り巌流島を散策。そしてまた、九州・門司へやってきました。

1988年、門司港駅舎が重要文化財に指定されたことをきっかけに、駅周辺が観光地として整備され、1995年に「門司港レトロ」としてグランドオープンしました。

さっそく洋風な建物が登場!門司港は本州に近い一方で、交易や海運ではなく、塩田と漁業を生業とする小さな村だったそうです。江戸時代は「小倉」に港があり、小倉から下関へ渡っていました。小倉にある「常盤橋」は九州各地に伸びる諸街道の起点となっており、唯一海外と繋がっていた「長崎」にも街道が伸びていました。

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門司港は、函館などのように、日本の鎖国終了とともに開港された街ではありません。門司港が発展するのは1889年、石炭などを扱う、国の特別輸出港に指定されて以降のことです。

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金融機関や商社・海運会社の支店が相次いで進出し、外国航路の拠点、そして貿易港として発展。日清戦争や日露戦争の時には、軍需品や兵士たちを送り出す重要な港にもなり、神戸・横浜と並んで日本三大港に数えられました

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1891年には門司を起点とする九州鉄道が開通し、門司は陸海における九州の玄関口となりました。欧州からの貨客船や中国との定期航路なども寄港し、相当賑わっていたようです。

日本最大級のはね橋・ブルーウィングもじ

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写真左、水路に架かる開閉式の橋があります。

こちらはブルーウィングもじ。全長約108m、日本最大級の歩行者専用はね橋です。もともとここには、1919年に門司税関によって設置された浮さん橋があり、積み降ろしされる物や行き来する人の監視が行われていました。

ブルーウィングもじ 開閉の様子

橋の開閉はあくまで観光用。1日6回、水面に対し60度の角度に跳ね上がります。「恋人の聖地」にも選定され、橋が閉じて最初に渡ったカップルは一生結ばれると言われています。

無料で見学 旧門司税関

貿易港ということで、こちらは1912年に建築された旧門司税関門司港レトロの建物群の中で最古の建物です。中には密輸品の展示などがあり、無料で見学することが出来ます。

現在の建物は1994年に復元されたもので、中はとても綺麗です。

昭和初期までは税関庁舎として使用されていたということで、常設の【門司税関広報展示室】があり、密輸品の展示などが行われています。

密輸品展示を見る

こちらは「アフリカゾウの足」。ゾウは「象牙」を狙った密猟により、絶滅の危機にあるとされていますが、「足」も取引が行われているようです。

トラの毛皮。顔はレプリカ。トラもまた密猟や森林破壊等によって数が激減し、絶滅危惧種となっている動物です。トラは牙や皮だけでなく、骨もまた漢方薬の原料になるとして、違法取引が行われています。

国際間で行われる商業目的の過度な取引で、種の絶滅を防ぐためにあるのが「ワシントン条約」です。

違法な輸入といえば、こちらのイメージが強いです。展示されているのは麻薬。ここでは「どのように密輸されるのか」が紹介されており、なかなかリアルで見応えがあります。

こちらは偽ブランド品です。写真以外にも様々なコピー品が並んでおり、どれも本物に似ていますが、よく見ると少しだけ異なります

焼きカレーとバナナたたき売り発祥の地

旧門司税関から門司港駅へ向かいます

門司港レトロは港や駅の近くに、コンパクトにまとまっているので、散策もしやすいです。街全体がテーマパークのような雰囲気であるとも言えます。

カレーがありました。門司港は「焼きカレー」発祥の地として有名です。とある喫茶店が、余ったカレーをグラタン風に焼いたことがきっかけだそう。いわゆるB級グルメとして知られています。

こちらにも焼きカレーのお店がありました。カレーは私の好物ですが、今回は我慢します。

謎のキャラクター像が置かれていました。「バナナマン」という名前で、ネットの情報では「ゆるキャラ」ではなく「ローカルヒーロー」と紹介されています。よく見ると顔が妙にリアルですが、こちらは門司港の干物屋さんの社長がモデルになっているそうです。

なぜバナナなのか…

門司港発祥の文化に「バナナの叩き売り」があります。台湾が日本の領土だった時代、門司港には、大量のバナナが荷揚げされました。その中で、輸送出来なくなった不良品等が、露店で販売されていたそうです。

1999年に行われたバナナフェアで、バナナマンが生み出されたのでした。お笑い芸人のバナナマンは1993年コンビ結成なので、門司港が後出しのバナナマンです。

港から洋風レトロな街並みを歩き、門司港駅に到着。この写真だけでも、駅周辺の独特な雰囲気が伝わってきます。

引いてみるとこんな感じ。一般の車が通る道路沿いにも、赤レンガの建物が並び、ファミリーマートも景観を意識したモノクロの看板となっています。

門司港駅から電車に乗り、福岡空港へ移動します。

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今回はここまで。本日もありがとうございました。

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