米軍が上陸した慶良間諸島の島影。国道58号線沿いのアメリカンな景色。|戦後75年 沖縄戦の戦跡を巡る旅 旅行記その2

南国日記~沖縄移住の記録~

ブログをご覧いただきありがとうございます。

今回は
沖縄戦の戦跡を巡る旅」その2
をお届けします。

沖縄に迫る戦争

日本軍の真珠湾攻撃によって始まった太平洋戦争。

その戦場は初め、
日本から遠く離れた南の島でした。

沖縄に初めて米軍の空襲がやってきたのは
1944年の10月10日。
(10・10空襲)
ただ、それ以降はしばらく
沖縄への攻撃はありませんでした。

一方で戦場は確実に日本へ近づいていました。

沖縄戦に先立って、1945年2月19日、
米軍は小笠原諸島・硫黄島に上陸しました。

この小さな島でおよそ1カ月、
非常に激しい戦いが行われました。

結果として、
およそ2万人の日本兵のうち96%が戦死または
行方不明となり、米兵も2万8千人以上が死傷し

大きな損害を被りました。

こちらは父島の境浦海岸

現在も米軍の攻撃によって座礁した
濱江丸が残されています。

小笠原諸島では
全島民疎開が行われたため、住民が戦争に
巻き込まれることはありませんでした。

★小笠原諸島と戦跡★

慶良間諸島に米軍が上陸

硫黄島の戦いは3月26日に終了しました。

そしてその同日、
米軍は沖縄本島の北西に浮かぶ
慶良間諸島に上陸しました。

今回の「沖縄戦の戦跡を巡る旅」で
最初に雨乞嶽を訪れたのは、
10・10空襲と慶良間諸島の話をするため。

天気がよかったので、雨乞嶽からも
慶良間諸島の島影が見えました。

ちょうど飛行機が
那覇空港に着陸しようとしています。

那覇空港はもともと「小禄飛行場」といって
1933年に日本海軍によって建設された
沖縄県で初の空港です。

米軍は慶良間諸島に上陸後3日で占領を宣言。

1945年4月1日に沖縄本島へと上陸します。

次はその上陸地点へと向かいます。

首里城の近くにあるローソンは朱色に赤瓦。

沖縄の原風景に「赤瓦の古民家」がありますが、
首里城をはじめ、現在、沖縄本島中南部にある
ほとんどの古民家は戦後に建てられたものです。

置き引きに注意。大きいイビキにも注意。

道端にこうした「韻を踏んだ」看板が
ずらっと並んでいました(笑)

国道58号線のアメリカンな景色

国道58号線を北上し、
沖縄本島中部の米軍上陸地点を目指します。

沿線に少しずつ
アメリカンな光景が増えてきました。

こちらの車屋さんは値段がドル表記です。

奥にある観覧車は「アメリカンビレッジ」。

1981年に返還された米軍の飛行場の
再開発によって建設されたエリアで
観光客や沖縄県民にも人気のスポット。

ちなみにコンビニの駐車場には
米軍の車両が止まっています。

アメリ感★アメリ館。

このお店はパイが美味しいらしいです。

右奥にある「EXCHANGE」の看板は両替所。

こうした光景は東京の福生など
日本のほかの米軍基地周辺でも見られますが、
じっくり巡るのもまた面白そうですね。

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ということで今回はここまで。
本日もありがとうございました。
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~移住2年目 201日目終了~

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