日本最強の城・金田城跡へ!城山トレッキング 山頂からの絶景と砲台跡|2020年 対馬旅行記 その5

対馬旅行記

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今回は【2020年 長崎・対馬旅行記】その5をお届けします。

★その4はこちら★

対馬をレンタカーで走る

下船後、厳原で朝食と散歩を済ませ、また港に戻ってきました。

もうすぐ10時。港近くでレンタカーを借ります。

こちらのレンタカーで、翌朝8時過ぎに出港する博多行きのフェリーの時間まで、対馬を巡ります。

またこのレンタカーは移動手段であるだけでなく、今回の旅の宿でもあります。

信号待ち。

レギュラー155円』ということに驚きました。

沖縄ではどのガソリンスタンドも「特売日」となる曜日があり、レギュラー120円台になったりします。

まず目指すのは「金田城跡」です。

2019年にNHKで放送された「あなたも絶対行きたくなる!日本『最強の城』スペシャル」第4弾」において、日本最強の城に選出されています。

番組内で定義されている「最強の城」とは、城好き芸能人の皆さんが選ぶ、「視聴者の皆様にぜひ訪ねていただきたい城」ということです。

「この道で合ってるのか?」と思いましたが、この道で間違いありません。

これだけ狭い山道を走るのは、なかなか緊張感があります。

「道が狭い」ということは事前に調べて、覚悟はしていましたが、対向車が来たらどうしようもありません。ドキドキしながらゆっくりと車を走らせます。

金田城跡目指してトレッキング

15分ほど狭い山道を走り、何とか最初の目的地「金田城跡」に到着しました。

ちなみに、こちらが私の借りた車。車中泊なのでこのタイプの車はとても助かります。

駐車場はなく、車の停め方について、写真付きの案内が設置されています。多くても4台までしか停めることが出来ないようですが、この時は私だけでした。

金田城は「城山」という山の地形を生かした城になっており、 標高276mの山頂まで歩くことが出来ます。

入口に置かれていたパンフレットを見ながら歩きます。

青い点線がトレッキングコースです。

対馬へ向かう船内で、このトレッキングコースについて色々と調べましたが、「所要時間」や「ハードさ」は書かれている内容が様々で、どれくらい大変なのかが全くつかめていませんでしたが、とりあえず山頂を目指します。

登山道はこんな感じ。

この写真では険しい道のように見えますが、実際はそれほどハードではありません。迷う心配もなく、私も普通の服装・靴でしたが、問題なく歩くことが出来ました

水分を忘れなければ大丈夫でしょう。

何ならもし水分を忘れても、道沿いに滝があるので、本当に困ったら、こちらの水に頼ることが出来るはずです。

浅芽湾の真珠と石垣

登山口から歩いて約10分。最初の絶景ポイントに到着しました。

この画像には alt 属性が指定されておらず、ファイル名は DSC_2721-1024x512.jpg です

一見すると湖のようですが、ここは浅芽湾という海です。

似たような地形で有名なものに、北欧のフィヨルドがありますが、フィヨルドは氷河によって削られたところに海水が流れ込んだもの。

浅芽湾は沈降によって出来たリアス式海岸です。

よく見ると何かの養殖が行われています。

どうやらこちらは真珠(か「ブリ」)のようです。

真珠は伊勢湾が有名ですが、全国の生産量を見ると1位は愛媛県、2位が長崎県で、対馬は長崎県の代表的な真珠生産地となっています。

城山は総延長約2.2kmにもなる、石塁(石垣)に周囲を囲まれています。

こちらはその一部にあたる「東南角石塁」です。

こちらは「金田城壁石垣」。

登山道を歩いていると、こうした城の跡を見ることが出来ます。

それにしても、機械もない時代に、この山によく城を築いたなと思うものです。

一般的に想像されるようなお城とは異なり、登山道沿いに残る石垣などを見ることで、「この山全体がお城だったのか」と分かるので、もうこれは完全に登山(トレッキング)です。

頂上まで残り10分のところまでやって来ました。

城山山頂からの景色と砲台跡

登り始めてから約40分。

城山の山頂に到着しました…と思ったら、ここが山頂ではなく、もう少し登ったところが山頂のようです。

ということで、山頂(標高276m)に到着しました。

金田城は、戦国時代のお城のように、地元の権力者が築いた城ではなく、667年、大和政権によって築城された城です。

日本書紀」には、667年11月、高安城(大阪府・奈良県)、屋嶋城(香川県)、そして金田城が築かれたと記されています。

当時の大和政権は外国からの侵略に備え、「対馬」「壱岐」「筑紫」等に、外敵の襲来などを都に急報するための設備「烽火」と、国境守備兵「防人」を配置しました。

金田城を築いたのはそうした防人たちで、彼らが家族や故郷を想う心情は、万葉集の「防人の歌」として伝えられています。

それほど標高が高いわけではありませんが、海に面しているため、山頂からは大パノラマが広がります

壱岐対馬国定公園にも指定されている、大小いくつもの入り江と島々が複雑に入り組んでいる浅茅湾の景色です。

金田城も大和政権の時代、国防のために造られましたが、その後も対馬は国防のための重要な拠点とされ、明治期には金田城を再整備する形で「城山砲台」が建造されました。

現在も山頂のすぐ近くに砲台跡が残されています。

こちらも山頂近くにある建物。

弾薬庫の跡だと思われます。

特に注意書きなどもないので、中の様子を覗いてみると…

こんな感じで、特に何もありません。

一方で、山の上にあって、周囲に誰もいないこともあり、不気味さはありました。

こちら井戸の跡と思われます。

また、私が歩いた登山道も、軍道として整備された名残です。

結局山頂付近にいたのは15分くらい。走って下山したので、20分くらいで登山口に戻ってきました

再び車に乗り、次の場所へ向かいます。

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今回はここまで。本日もありがとうございました。

★動画編★

【島旅】2020年 対馬旅行記 第5話
【島旅】2020年 対馬旅行記 第6話

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