補助金と旅行会社に頼る観光振興に持続可能性はない|観光アイデア教科書 Vol.20

観光アイデアノート

地域を活性化させるため、地域の外からお金と人を呼び込む手段として、「観光」に力を入れる地域は多いです。政府も、2008年、国土交通省の外局として観光庁を設立し、訪日外国人観光客、いわゆるインバウンドの受け入れに力をいれています。

そこで今回は、日本における旅行業の構造を解説し、観光による地域活性化の鍵を探ります。結論としては、旅行・観光業界は、その課題を提示したところで、抜本的な改革が難しい構造となっています。

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アドベンチャーツーリズム 日本と本場の商品の違い

以前の記事で「アドベンチャーツーリズム」についてご紹介しました。

★参考:日本版アドベンチャーツーリズムの可能性★

アドベンチャーツーリズムはこれからのトレンドとして注目されており、観光庁のホームページでも紹介されています。さらに、観光庁は全国の事業者に向けたコンテンツ造成の公募事業も行っています。

アドベンチャーツーリズムの推進 | 観光地域づくり | 政策について | 観光庁
2008年(平成20年)10月1日に発足した観光庁の公式ウェブサイトです。観光庁の紹介や観光立国実現のための施策などを紹介しています。

上の画像は、令和3年「アドベンチャーツーリズム等の新たなインバウンド層の誘致のための地域の魅力再発見事業」の事業実施者一覧です。コンテンツの主な実施地域を見ると、どの事業者も1つの市町だけとなっています。

一方こちらはアドベンチャーツーリズムの本場、ニュージーランドで販売されている商品です。日数も長く、料金も高めですが、ニュージーランド・南島をぐるっと1周することが出来ます。これが海外で流行っているアドベンチャーツーリズムです。ターゲットとなる客層が求めているのは、1つのテーマに沿って、各地で体験をしながら、あちこち効率よく巡ることであると伺えます。

観光庁事業を受託した事業者のコンテンツは、こうした内容になっていません。そのため、期待されているような集客は厳しく、地域への経済効果は低いと考えられます。

各地のコンテンツをつなぎ合わせたような商品が、世界基準のアドベンチャーツーリズムといえるでしょう。例えば、東京を出発し、1日目は弘前、2日目は古河、3日目に佐渡へ行って、東京へ帰る添乗員付きツアーを企画し、参加者を募集するとします。

このツアー内容に一貫したストーリー性があれば、それはまさに、海外で売れている、本来の形のアドベンチャーツーリズムです。

しかし、このツアーを募集・実施するためには、第二種旅行業登録が必要となります。そしてこの登録の要件が、地方の小さな事業者や観光協会、行政などにとっては、なかなかハードルが高いものとなっています。

旅行業法という法律が緩和されない限り、日本では今後も、地域が主体となってアドベンチャーツーリズムを進めることが困難であると考えられます。

補助金のための観光か、観光客のための観光か

では、誰がアドベンチャーツーリズムの主体となるのでしょうか。

それは旅行業登録をしている「旅行会社」です。日本で旅行業を行うには、旅行業登録が必要であると、旅行業法で定められています。旅行業登録は、その業務範囲により、第1種旅行業者・第2種旅行業者・第3種旅行業者・地域限定旅行業者・旅行業者代理業者・旅行サービス手配業に区分されます。

2021年4月現在、旅行業登録がある事業者は約1万2千社。そのうち、国内ツアー(募集型企画旅行)を実施することが出来る、第1種旅行業者・第2種旅行業者は全体の32%で、多くが東京の旅行会社となっています。

ここで観光客集客のための前提条件を確認します。

観光の商品となるのは、多くの場合「地域の資源」です。そこに住んでいる人にとっては日常の自然景観や文化が、地域の外に住んでいる人には非日常体験となります。そのため、観光で地元の人を集客することは難しいです。また、地域活性化のための観光であれば、地域の外からお金と人をもたらすことが目的となるので、地元で集客をしても、地域活性化にはつながりません。

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観光商品の消費者は「都会の人々」です。

地方の観光商品が直接消費者に届くのがベストですが、物理的な距離があったり、情報発信のスキルを持った人材がいなかったりで、なかなかそれが出来ていません。そこで、旅行会社やOTA(じゃらんなど)が間に入り、各地の観光情報を集約し、地方の観光と都会の消費者を繋ぐ役割を果たしています。

そのため、消費者人口が多く、日本各地へのアクセスが良い東京に、大きな旅行会社が集中しているのです。

観光庁の後押しがあるので、これから全国各地でアドベンチャーツーリズムの体験コンテンツが増えることが考えられます。しかし、どれだけ面白い内容であっても、その存在が知られなければ人が来ることはありません

普段からアドベンチャーツーリズムを楽しむ客層(インバウンド)に刺さるような、各地を効率よく巡るツアーの販売には、旅行業登録が必要です。

OTAに体験を掲載することは難しいことではありません。OTAに掲載された体験を旅行者が組み合わせて旅をすることはアドベンチャーツーリズムに似ています。しかし、そこにストーリー性という付加価値があるかといえば、旅行者自身に事前知識がある場合を除いて、そうではありません。

何をお伝えしたいのかというと、政府や旅行会社から出されるトレンドを意識しても、地域に観光客は訪れることはないということです。アドベンチャーツーリズムも、旅行会社にとって都合のいい商品が出来るにすぎません。本来は、政府や旅行会社からの情報に惑わされず、消費者の心理やトレンドと愚直に向き合うべきですが、それでは補助金を得ることは難しいです。

補助金を得るための観光か、観光客を得るための観光か、しっかりと考える必要があります。繰り返しになりますが、補助金を得るための観光開発をしても、観光客が訪れることはありません。

世界で最も厳しい日本の旅行業法

観光客を得るための観光を進める場合、まずは「旅行業法」について理解しておく必要があります。

こちらは、市の教育委員会が企画した子供向けツアーが、旅行業法違反であるとして中止になったという記事です。

有料の日帰りバス研修・勉強会などもよくありますが、これを不特定多数に向けて広告・募集する場合、本来は第二種旅行業登録が必要となります(バス会社主催の場合は不要)。

旅行業登録をせずにツアーを実施したいという場合は、旅行会社に企画を相談し、広告・募集してもらうか、無料で実施するしかありません。旅行会社に頼る場合はもちろん、旅行会社に対して手数料を支払う必要があります。

こちらは世界各国の旅行業について、国土交通省がまとめた表です。海外では、地方の小さな事業者でも、一定の基準を満たせば、貸切バスや交通機関を利用したツアーを募集することが出来ます。

「営業保証金の金額」「営業要件」「旅程保証制度」の項目について、日本は海外に比べ基準が高いです。これは旅行業務に関する取引の公正の維持、旅行の安全の確保及び旅行者の利便の増進を図り、旅行者が不利益を被ることのないようにするためとされています。

こうした状況に一石を投ずると思われたのが「観光型MaaS」です。

MaaSとは「Mobility as a Service」の略のこと。観光型MaaSでは、移動先での目的を達成するため、様々な交通サービスや観光などが連携し、検索・予約・決済などが出来る仕組みの構築を目指します。沖縄でもゆいレールや高速バス・路線バス、タクシー、離島へ向かう船、観光施設が連携し、すでにMaaSが商品化されています。

★参考:沖縄MaaSについて★

車なしでももっと快適な沖縄旅を!
沖縄MaaSはゆいレール・船舶・バスなど交通と観光施設のチケットをスマホひとつで予約・購入ができる新サービス。限定のお得なセットプランも多数ご用意。

MaaSが普及すれば、旅行者はアプリをダウンロードして、いつでも好きな時に、自分のペースで各地を巡ることが出来るようになります。

例えば、これまで旅行業登録がない沖縄のダイビング事業者は、ゲストの飛行機や宿の手配までをすることは出来ませんでした。ダイビング事業者とMaaSアプリが連携することで、ゲストのスマホには、ダイビングの時間に合った飛行機や宿が表示され、そのまま予約・決済まで出来るようになります。

しかし、MaaSが普及してしまうと、困るのは旅行会社です。これまで旅行会社は、各種サービスを繋ぎ、ひとつのパッケージ商品として販売してきましたが、この仕事がアプリに取って変わられることになります。結局、観光型MaaSにも旅行業登録が必要であることが国土交通省から示されました。

今後は、地域でMaaSの仕組みを実証する場合、恐らく旅行会社が、ディレクター的なポジションで入ることが求められるのでしょう。

日本における旅行会社の歴史と政府の関係

観光庁によるアドベンチャーツーリズムの推進、観光型MaaSに旅行業登録が必要であること、そして何より、GoToキャンペーンなどからも、旅行会社は国から強力なバックアップを受けている様子が見て取れます。

日本には約1万2千の旅行会社(旅行業登録事業者)がありますが、全事業者の売り上げのうち、3割がJTB、1.5割がHIS、1割がKNT-CTとなっています(2018年)。言い換えると、3社だけで、1万社以上ある業界全体の売り上げの半分以上を占めているという状況です。

ということで、ここからは日本の旅行会社、旅行業の歴史から、政府と旅行会社の関係を考えます。

旅行会社の歴史を語るうえで、まず欠かせないのは「鉄道」と政府の関係です。

1872年に新橋~横浜間を走った国内初の鉄道は、日本政府によって建設され、1889年には、現在の東海道線が新橋~神戸間で全線開通となりました。日本で最初の鉄道建設に携わった工部省鉄道寮は、1877年に鉄道局と名前を変え、1885年には内閣直轄となりました。

最初の鉄道を皮切りに、各地で私設鉄道も建設されました。1892年、鉄道敷設法が公布されると、将来的に政府が私設鉄道の大部分を買収する方向性が示され、1906年の「鉄道国有法」により実現されました。

鉄道局はその後、逓信省鉄道局に戻され、鉄道院、鉄道省、運輸通信省、運輸省を経て、現在の国土交通省となります。

鉄道建設以前、人々が長距離を移動する際の手段は「」と「徒歩」。どちらも移動に時間がかかり、もし遠くに出かけるとしたら、その分仕事を休む必要があります。

現代は有給休暇がありますが、有給が制度として整備されたのは1936年のこと(wikipediaより)。休めば稼ぎが減ってしまう時代に、時間をかけて旅行を出来る人は少なかったと考えられます。

鉄道により、人々の移動に革命が起きました。また、大量輸送によって、移動にかかる費用負担も減り、人々は「早く」「安く」「遠くまで」、足を運ぶことが出来るようになりました。

そして、1905年、日本で最初の旅行会社が誕生します。

南新助氏は、東海道線草津駅(滋賀県)構内で、家業の弁当販売を手伝っていました。

家業を支えてくれている国鉄の増収に貢献したいという思いで、考え出されたアイデアが、鉄道で高野山と伊勢神宮を目指すパッケージツアーでした。ツアーには100人前後の参加者がいたそうで、これが「日本旅行」という旅行会社になります。

その後も、日本旅行は貸し切り列車やチャータークルーズなどの団体旅行を成功させ、観光地巡り、名物を食べる、郷土芸能を見るなどの内容が組み込まれた、日本のパッケージツアーの基礎を築きました。

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気になるのはその集客方法ですが、当時の草津駅は、東海道線と私鉄関西鉄道が乗り入れていたため、乗降客が多く、駅前は大変な賑わいだったそうです。

インターネットがない時代、かつ場所も東京ではありませんが、駅を利用する人に対してチラシを配ったり、ポスターを掲示したりすることで、多くの人を集めることが出来たと考えられます。

では、現在、業界全体の売上の3割を占めている「JTB」は、いつからあるのでしょうか。その始まりは、1912年に創立された「ジャパン・ツーリスト・ビューロー」という組織です。この組織は、英米人たちに日本の真の実情(姿)を知ってもらうことを目的とし、日本だけでなく、海外の主要都市に案内所を設置しました。

ここでポイントは、ジャパン・ツーリスト・ビューローの会長に、鉄道院副総裁・平井氏、つまり政府関係者が就任している点です。

1932年には、 ジャパン・ツーリスト・ビューローが、鉄道省管轄の鉄道の乗車券を販売するようになりました。

戦争が始まると「社団法人東亜旅行社」として、人々の集団輸送を支え、戦後は「財団法人日本交通公社(JAPAN TRAVEL BUREAU)」へと改称されました。1988年、日本交通公社は「株式会社JTB」となりました。

つまり、JTBの始まりは「鉄道院」という国の機関であり、長らく国のバックアップを受けてきたのです。

ちなみに、ジャパン・ツーリスト・ビューローが行っていたような、海外における日本への案内業務は、現在も日本政府観光局(JNTO)という組織が引き継いで行っています。

JNTOは「日本政府」という名が付く通り、政府の資金によって運営されている独立行政法人です。この組織は旅行業登録がないため、日本へのツアーの企画や販売を行うことは出来ません。情報発信だけで収益を得ることは難しいため、政府の資金が投入されているものと考えられます。

旅行業法は大手旅行会社を守る

戦後、旅行会社の数が増えると、1952年に「旅行あっ旋業法」が制定され、旅行に関わる事業を行う業者に対し、一定のハードルが設けられるようになりました。その第1号に登録されたのは日本交通公社です。文末に(笑)と付けたくなります。

旅行あっ旋業法は、1971年に「旅行業法」となりました。旅行あっ旋業法や旅行業法は、旅行会社が増えてから出来た法律です。旅行に関する法律を整備するにあたって、普段から旅行業に携わっていない人が、例えば予約の仕組みなどについて、ルールを作ることは出来ません。

つまり、これらの法律が施行される前に存在した旅行会社の見解が反映されており、既存の旅行会社の既得権益を守るように整備されたと考えられます。

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旅行業法で定められた、日本で旅行事業を行うルールのひとつが旅行業登録です。登録の要件については、先ほどもご紹介しましたが、登録の流れにもポイントが2つあります。

1つは初期費用について。事業者は「営業保証金」を法務局に供託する必要があります。

第1種の場合は7000万円、第2種の場合は1100万円、第3種の場合は300万円と、安くはない金額です。さらに基準資産額も満たす必要があります。旅行業協会に入会することで、この金額を抑えることが出来ます。

まずは旅行業協会について。

旅行業協会には「ANTA(全国旅行業協会)」「JATA(日本旅行業協会)」という2つの組織があります。どちらの団体も旅行業者で組織された事業者団体で、業務内容も苦情の解決や弁済業務など、似ている点が多いです。

ANTAの方が歴史は長く、1956年に設立された任意団体「全国旅行業団体連合会」が母体となっています。1965年に「全国旅行業協会」に改組され、1966年には運輸省観光局(当時)より「社団法人」として認可されました。

現在は社団法人格を持ちながら、旅行業法に基づく観光庁の指定協会となっています。5500社の会員には2種・3種の比較的小規模な業者が多いです。

JATAは、1959年に国際旅行業者協会として発足したことが始まりです。1972年には、運輸大臣指定の旅行業協会となりました。会員数は1110社と、ANTAよりも少ない一方で、海外への募集型企画旅行を主催できる第1種旅行会社(大手)が会員に多いことが特徴です。

2つめは、旅行業者は各営業所ごとに「旅行業務取扱管理者」を1名以上選任し、一定の管理及び監督業務を行わせることが義務付けられているという点です。そして、旅行業務取扱管理者試験を行っているのはANTAとJATAです。

既存の旅行会社は、今後も自分たちの都合に合うようにルールを作ることが出来るような仕組みになっています。

また、ANTAの会長は1990年から現在まで、自民党・二階氏が努めています。JATAは大手旅行会社が多いため、旅行・観光業界に対する影響力が大きく、ANTA(政界)とも連携しています。この結果、GoToキャンペーンのような優遇政策が発動され、業界売上の3割をJTBが占めるという、いびつな構造となっていると考えられます。

そんな中でHISは大健闘しているといえるでしょう。

HISの前身「株式会社インターナショナルツアーズ」が設立されたのは1980年。すでに旅行業法も整備され、さまざまなハードルが設けられた状況からのスタートにも関わらず、現在は業界2位となっています。HISの歴史について、今回は割愛しますが、詳しくは創業者・澤田秀雄氏に関連する書籍で知ることが出来ます。

まずは旅行業を理解することから

現状の仕組みでは、政府が観光を推進すればするほど、旅行会社にお金が流れていくこととなります。PRや予約、情報発信だけであれば旅行登録は不要ですが、実際に人を動かすには、旅行業が必要となるのです。観光を通じて地域活性化を目指す場合も、大消費地である東京や大阪から人を呼ぶ場合は、第2種以上の旅行業登録が必要となり、地域は旅行会社に頼ることとなります。

じゃらんやブッキングドットコムなど、OTAの普及により、旅行者が自ら旅行を手配出来るようになりました。

かつての団体旅行から、個人旅行の時代となり、旅行会社を利用する人は年々減少しているものと考えられます。旅行会社を頼りにしてしまうと、地方の観光も共倒れになってしまいます。また、旅行会社は当然、利益を追求するため、売れる地域をPRし、売れない地域からは離れます。

★参考:時代は個人旅行へ★

補助金(税金)→観光商品の造成→旅行会社への販売】という流れを変える必要があります。この流れは地域ではなく、旅行会社にメリットがある仕組みです。そのためにはまず、旅行業の仕組みを理解しなければなりません

景色や名所だけを紹介しても、お金に繋がりません。そこで、アクティビティや文化体験、まち歩きなど、地域資源を活用した体験商品を開発します。

同時にPRを見た人が情報を調べ、問い合わせや予約・販売までが出来る流れを設計し、インフルエンサーにPRしてもらいます。値段が付いた商品予約・購入の仕組みを作り、商品をPRした結果、地域に多くの人が訪れるようになれば、観光で収益が得られるようになります。

この流れに旅行業登録は不要です。

終わりに

観光関連の補助金を得るためには、旅行会社への営業や観光関連の商談会でPRするなどの内容を盛り込んだ公募資料を作る必要があります。

元手となる資金がない場合、稼げるビジネスモデルを構築し、資金調達のために銀行などを回るのが一般的な起業や開業です。

補助金目的ではなく、本気で観光に取り組みたいという場合、旅行業を理解したうえで、これをやるべきです。どれだけ駆け回っても調達が得られないのであれば、客観的に見て、恐らく持続可能な仕組みにはなっていません。仮に補助金で観光開発が出来たとしても、長い目で見て上手くはいかないでしょう。

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今回はここまで。本日もありがとうございました。

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