北大東島に残るリン鉱山遺跡 | 小さな島の文化遺産 ~九州・沖縄の島を巡る旅 その26~

旅の思い出

ブログをご覧いただきありがとうございます。

本日は
九州・沖縄の島を巡る旅
その26をお届けします。

★その25はこちら★

二六荘にチェックイン

南大東島を出港して
約1時間で北大東島に到着しました。

港から歩いてまずは宿にチェックイン。

北大東島に宿は2軒しかありません。
・素泊まり専門の二六荘
・ちょっとリッチなハマユウ荘

私が泊まるのはもちろん二六荘。1泊3600円です。

宿の前で作業をしていたおじぃに
「さとうきび食べたことあるかぁ」
と話しかけられました。

さとうきびにかじりつくのは初めてです。

硬いので、奥歯を使って
しゃぶると甘い汁がじわっと出てきます。

これぞ沖縄らしい体験。

西港からみる夕陽

夕陽をみるために港へ戻ってきました。

二六荘から港までは歩いて10分ほどです。

フェリーだいとうは沖合に停泊しています。
北大東島をフェリーが出港するのは翌日14時。
私もその船に乗って那覇へと戻ります。

北大東島の玄関口「西港」には
崩れかけたレンガ造りの建物があります。

北大東島燐鉱山遺跡

南大東島と同様に、
北大東島も玉置半右兵衛によって開拓されました。

★玉置商会と南大東島★

北大東島とリン鉱採掘

玉置商会は1910年から
北大東島でのリン鉱採掘事業を始めました。

しかし、技術者不足により
事業を軌道に乗せることが出来ず中断。

そして、玉置商会の経営にも陰りが見え始め、
1916年に南北大東島の経営権は
東洋製糖という会社に移されました。

臨港採掘事業が中断になり、北大東島の産業は
サトウキビ栽培へと移行されていましたが
第一次世界大戦により
輸入が途絶えたリン鉱石の価格が高騰。

東洋製糖は1919年から、このレンガ造りの施設で
リン鉱採掘を再開させたのでした。

北大東島のリンは化学肥料や火薬、
戦闘機の機体を作るアルミの原料として使われ、
第二次世界大戦中に産出量はピークを迎えます。

ただ、小さな島なので、リンを掘り尽くされ、
1950年には閉山となりました。

採掘・乾燥・運搬・貯蔵・積出に至る
リンの生産施設がこれほど大規模に残るのは
国内でも唯一 のようです。

そんな歴史に思いを馳せると
夕陽に照らされた廃墟もなんだかエモいです。

月が出てきました。宿へと戻ります。

夕食はこの日もカップ麺です。

島を歩いて1周する

旅の10日目。

この日は船の出港まで歩いて島を回ります。

北大東島の周囲は18.3kmです。

ただ、ぐるっと1周する時間はないので、
港の反対側にある空港を目指します。

その前に港のそばにある事務所で乗船券をゲット。

しかし、
フェリーが出港する港も出港時間も
直前まで分からないため、分かり次第、
携帯に直接電話が来るとのこと。

この仕組みもまた他の島ではないことで
ネットにもほぼ書かれていません。

行ってみないと分からない。
それが秘境を旅する醍醐味であります。

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ということで、今回はここまで。
本日もありがとうございました。

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Instagram 2127人(前日比+4)
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~移住2年目 168日目終了~

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