大阪で北前船の歴史を辿る旅~天保山から日本遺産・住吉大社と石灯籠を観光|2026 旅行記3

大阪府

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今回は「2026年 北前船の歴史を辿る旅(大阪&石川編)」その3をお届けします。

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大阪で北前船の歴史を辿る

2026年8月9日の15時半過ぎ、大阪・天保山を観光しています。

こちらは天保山から歩いて10分ほどの場所にある港住吉神社。航海や漁労の安全を祈り、1842年に住吉大社から分霊を迎えて、天保山の上に社殿を建てたのが始まりとされています。

しかし、1864年に天保山で砲台が築かれると、船溜場の南岸へ移転。その場所も天保山運河の敷地にかかったため、1917年に現在の地へと移りました。

天保山から住吉大社へ

港住吉神社は住吉大社の末社です。

本社の住吉大社には、北前船で大阪に着いた船頭たちが、航海の安全を祈願するために訪れました。ということで、次に向かうのは住吉大社です。大阪港駅から大阪メトロ中央線に乗車。

先頭からの景色

コスモスクエア駅でニュートラムに乗り換えて、終点の住之江公園駅へ。大阪港駅から住之江公園駅までの所要時間は約30分、料金は290円です。

トレードセンター前駅を過ぎて見えてきたのは、大阪南港に停泊する商船三井フェリーさんふらわあ。大分県・別府と、鹿児島・志布志へ向かうフェリーが並んでいます。

■参考:フェリーさんふらわあ乗船

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また、フェリーターミナル駅の手前では、福岡・新門司港へ向かう名門大洋フェリーも見ることができました。長距離の国際コンテナ輸送の拠点として、国が重点的に国際競争力の強化を図る「国際戦略港湾」となっている大阪港には、今も多くの船が出入りしています。

■参考:名門大洋フェリー乗船

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ニュートラムからの景色

2025年のコンテナ取扱貨物量は、東京港、横浜港、名古屋港、神戸港に次ぐ全国5位。大阪市の資料によると、6割近くが国内輸送(内貿)であることから、九州や四国などと近畿を結ぶ国内物流の玄関口として機能していることが分かります。一方、クルーズ船の寄港回数では、2025年は上位10港に入っていません。

16時22分、住之江公園駅に到着しました。

ここから住吉大社までは約2km。17時には閉門となり、境内へ入れなくなってしまうので急ぎます。

北前船ゆかりの地・住吉大社を観光

少し走って、16時50分に住吉大社へ到着しました。

住吉大社の創建は神功皇后摂政11年(211年)。1800年の歴史を持つ、日本でも最古級の神社の一つで、全国に約2300社ある住吉神社の総本社でもあります。

■参考:1

こちらは住吉大社の象徴とされる「反橋(太鼓橋)」。この橋を渡るだけで「おはらい」になるという信仰もあるそうです。ただし、最大傾斜は約48度。階段の一段一段が小さく、つかまれる手すりもないので、上り下りは結構大変でした。

住吉大社のホームページで紹介されている正式参拝コースの所要時間は約20分。ここから先は、見学時間が朝6時~夕方5時(10月~3月は朝6時半から)となっています。閉門まで残り5分しかありません。なお、見学は無料です。

門の中の様子

「住吉」は、もともと「すみのえ」と読み、澄んだ入り江を意味する「澄江」に由来するといわれています。かつての住吉大社の周辺には、海岸に沿って松林が続き、白い砂浜と青い松が美しい歌枕の地として、『万葉集』などにもたびたび詠まれたそうです。

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住吉大社には、底筒男命・中筒男命・表筒男命と神功皇后が祀られています。底筒男命・中筒男命・表筒男命は「住吉三神」とも呼ばれ、神功皇后を含めて『住吉大神』と総称することもあります。

■参考:2

住吉大神は「海の中から現れた神」とされることから、古くから航海に関わる人々や漁民の間で、海の神として信仰されてきました。遣隋使や遣唐使も、住吉大社のそばにあった「住吉津」という港から旅立ち、その際には住吉大社で航海の無事を祈ったそうです。

17時に閉門となりました

古くから世界への玄関でもあった住吉大社。海上安全の守護神としての信仰は、江戸時代に海上輸送が盛んになると、船の運送に関わる人々の間にも広がりました。北前船で大阪に着いた船頭たちも、航海の安全を祈りに訪れたといいます。

日本遺産にも登録された石灯籠群

そうした慣習を今に伝えるのが、境内に並ぶ600基あまりの石灯籠です。

寄進者の約半数は、漁業や海運など海に関わる人々。他には、藍染や肥料、ガラスの製造業者、紅花問屋、古着や玩具の商人など、その職種は多岐に渡ります。

石灯籠には、神様のご加護を願うと同時に、自分たちの商売を宣伝する意味もあったそうです。例えば、こちらの灯籠には、土台に寄進者の名前、その上に「魚料理」という職種が刻まれています。こうした寄進の習慣は1700年代の初めに広まりました。

■参考:3

こちらは「灰屋株仲間」の石灯籠。「灰屋」とは、かまどや囲炉裏から出る木灰を買い集めて、それを染物や肥料などとして必要とする業者に売る、江戸時代の商人のこと。株仲間も江戸時代に存在した商人組合のことで、まさに江戸時代といった石灯籠といえるでしょう。

2018年には、日本遺産「荒波を越えた男たちの夢が紡いだ異空間~北前船寄港地・船主集落~」に、大阪市を含む27市町が追加認定され、住吉大社と境内の石灯籠群は、北前船ゆかりの構成文化財となっています。

■参考:北前船とは

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なお、石灯籠の多くは門の外に並んでいるため、開門前・閉門後でも見学が可能です。時刻は17時15分となりました。ここからは、住吉大社の最寄り駅である、南海電鉄「住吉大社駅」から電車に乗り、JR大正駅へと移動します。

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今回はここまで。本日もありがとうございました。

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大阪で北前船の歴史を辿る旅。天保山の次に訪れるのは住吉大社です。北前船で大阪に着いた船頭たちが、航海の安全を祈りに訪れました。そうした慣習を今に伝えるのが、境内に並ぶ600基あまりの石灯籠。住吉大社と境内の石灯籠群は、日本遺産にも登録されています。今回は住吉大社と北前船の歴史をご紹介します。

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