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今回は「2025年 第39回 NAHAマラソンに参加してみた」後編をお届けします。
★前編は こちら ★
沖縄・NAHAマラソンを徹底解説~走って撮った150枚で振り返る~
2025年12月7日の9時、沖縄県那覇市にある国道58号線の終点・明治橋から、NAHAマラソンがスタートしました。

スタート自体は9時00分であるものの、人生初のフルマラソンである私は、最も後方のLブロックからのスタートとなったため、スタートラインを踏むことができたのは9時17分でした。

9時24分、久茂地交差点を右折。例年2万人以上がエントリーするNAHAマラソン(2022年は13,402人)。ランナーの数も多く、有名なマラソン大会である割には、情報が少ない印象です。

恐らくその理由は、カメラを持って走る人がいないからでしょう。普通は皆さん走ることに集中するので、撮るとしても記念撮影程度。今回私はカメラを片手に、一種の沖縄観光として走り、無事に完走することができました。

この記事では、走りながら撮った写真と動画を合わせて150枚で、NAHAマラソンの42.195kmを、スタートからゴールまで徹底解説します。
国際通りから5km地点まで
NAHAマラソンを完走した感想を一言でいえば、とにかく「楽しかった」。そう思わせてくれた最大の理由は、沿道からの応援です。
国際通りもとにかくいい雰囲気で、この応援の中を走るだけでも、NAHAマラソンに参加する価値があると思えました。

こちらはステーキ。もちろんランナーは無料でいただける、いわゆる「私設エイド」です。NAHAマラソンは私設エイドの充実ぶりでも知られていて、冗談抜きで、食べすぎ・飲みすぎには注意しなければいけません。

大会の公式記録によると、2025年のエントリー数は26,380人。実際に当日参加したのは23,859人で、うちおよそ3割が沖縄県外からの参加者でした。私設エイドは、こうした県外ランナーと地元の人々をつなぐ場にもなっています。

逆にいえば、県外から訪れたランナーにとっては、普通の観光では味わえない、よりローカルな沖縄に触れられる貴重な機会です。9時35分、国際通りを抜けて牧志駅を通過。

それにしても、ランナーの密度が凄い…… NAHAマラソンは、東京マラソンや大阪マラソンと並ぶ、国内でも最大級の市民マラソンのひとつ。その人数を実感するように、中盤までは自分のペースで走るのもままならず、他のランナーと身体がぶつかることも何度かありました。

ピカチュウ?を発見。仮装ランナーは他にもいましたが、大会公式ホームページによると、「他のランナーや応援者を不快にさせたり、危険が及ぶなどスポーツイベントにふさわしくない仮装は認めません。」とのこと。

写真の通り、天気は快晴。沖縄では珍しく、雲ひとつない青空が広がっています。気象庁によると、この日の那覇市の最高気温は23.7度。平均風速は4.3mと、多少風はあったものの、日なたを走っているときはやっぱり暑かったです。

沖縄の伝統芸能・エイサーによる応援があったり…

吹奏楽部の演奏があったり、沿道ではランナーを応援するための様々な催し物が行われているので、走っていても飽きません。

9時43分、約4km地点に設置されたお手洗いには、さっそく行列ができていました。空いているトイレを使いたいところですが、トイレの設置場所は公表されていません。

9時44分、那覇警察署の前を通過。お巡りさんも総出でランナーを応援してくれています。途中で「沖縄県警察」と書かれたTシャツを着たランナーの方もいたので、恐らく同僚の方が走っているのでしょう。

これだけ沿道で応援する人の数が多いのは、親戚や職場など、自分が所属するコミュニティで、誰かしら知っている人が走っているからだと考えられます。

歩道橋の上にいるのも応援の方々です。

9時54分、5km地点を通過。今回の私の目標は「完走」。1kmを8分で走り続ければ、5時間40分で完走できる計算です。スタートから54分経って5kmはかなり遅れています。

5kmを通過した場所、ENEOSブルーポート古波蔵SSに、公式の給水ポイントが設置されていました。ただ、沿道の応援の方々も、水やさんぴん茶、スポーツドリンク等を提供してくれるので、水分に困ることはないと思います。
名物!走りながらYMCAを踊る
ここで改めて、NAHAマラソンについて説明します。

那覇市・明治橋をスタートし、南風原町・八重瀬町・糸満市・豊見城市といった、いわゆる沖縄本島南部(地元メディアでは「南部路」という言葉が使われていた)を駆け抜けて、那覇市・奥武山公園に戻って来る、総距離42.195kmのフルマラソンです。

こちらがコースMAP。途中で何か所か「競技中止勧告」と「制限地点」が設けられており、決められた時間までにそこを通過しなければなりません。なお、この2つのポイントの違いは不明です。

スタートからちょうど1時間、10時に真玉橋(まだんばし)を通過。琉球王国時代の1522年に、首里城・那覇港・那覇の防御を目的として、国場川に架けられた歴史ある橋です。この橋を渡ると、那覇市から豊見城市に入ります。

沿道からの応援は相変わらず途切れません。

写真で振り返っていると、私がコースの右端から左端へと動いていることが分かります。これは写真を撮るためではなく、人を避けながら走っているためです。

市街地を見下ろす、少し高い場所まで登ってきました。どうやらNAHAマラソンは気温が高いことに加えて、アップダウンもあることから、ダイムが期待できない過酷な大会という評判もあるようです。

ミズノ公式オンラインによると、フルマラソン主要大会の完走率は95%を超えるとのこと。これに対し、NAHAマラソンの完走率は70%前後。気温が25.8℃となった第34回大会(2018年)は、60.16%という低さです。
10時07分、名物・YMCAのポイントを通過。沿道の音楽に合わせてランナーの皆さんが踊ります。これも一種の応援の形です。

10時10分、最初の競技中止勧告ポイント「仲井真交差点(那覇市)」を無事に通過。ただし、制限時刻の15分前なので、もし途中でトイレに並んでいたらギリギリ。全く余裕がある状況ではありません。

学校の先生も走っているのでしょう。生徒たちが横断幕を作って、先生を応援しているのもまた凄いことです。
1km9分ペースで10km地点を通過
仲井真交差点でスタートから7.2km。9時スタートで計算すると、1kmを約10分というペースで、これだと制限時間内でのゴールはできません。
こちらは沿道からの応援を撮った動画。水分だけでなく、塩タブレットや黒糖などを持って応援してくれている人も多いです。

せっかくなので、みかんをゲット。私設エイドや沿道からの差し入れは、早すぎたら準備されておらず、遅すぎたら残っていません。タイミング次第ともいえるでしょう。

仲井真交差点から走る道は「国道507号線」。那覇市から沖縄本島南部の中央部を縦断する道路で、「507」は国道の中で最も大きな数字となっています。
■参考:国道507号線に出現するピカチュウを撮る


サンゴ礁を基盤としている沖縄本島の中南部。水道水にもサンゴの石灰成分が混ざり、硬度が高いことから、水の専門店が多いです。そうしたお水屋さんの前では、水が配布されていました。

スタートしてから1杯目のお水。走りながら飲むのは、慣れていないと難しいです。そして、飲み終えたカップの捨て方もまた難しい。

写真の通り、皆さん道路の端に投げ捨てていますが、これが正しいのかは分からず。カップが散乱した路面は、かなり滑りやすくなっています。私設の給水所はあちこちにあるので、私は次に見つけた給水所で、空のカップを引き取ってもらいました。
沿道でZARDの「負けないで」を演奏しているバンドがいました。この曲を聴くと、もうすぐゴールのという雰囲気になりますが、まだ4分の1にも達していません。

こちらはバナナの差し入れ。果物系はバナナ・みかん・はちみつレモンが多かったです。

10時21分、全体のスタートではなく、私が明治橋のスタートラインを踏んでから1時間が過ぎました。もうすぐ10kmなので、大体1kmを7分のペースで走っています。

こちらのお手洗いもやはり並んでいました。

もともと1kmを8分で走る予定だったので、少々ペースが速いです。沿道の応援と周りのランナーの影響によるものでしょう。

まだ疲労はありませんが、混雑により自分のペースで真っ直ぐ走ることができないことに加えて、ここからお昼にかけて気温も上がり、さらにアップダウンも増えるので、勝負はまだまだこれからです。

10時28分、10km地点を通過。9時スタートで計算をすると1kmを9分ペース。やはり、5kmを通過した時よりもペースは上がっています、というか、上げないと制限時間に間に合いません。

やはり、後方ブロックからのスタートするだけでも、6時間15分以内での完走というハードルはぐっと高くなります。
1km8分ペースで15km地点を通過
無事に10kmを通過したので、ここで自分へのご褒美を召喚することに。

Jimmy’sのスーパークッキーです。Jimmy’sは沖縄の老舗菓子店。私はこのスーパークッキーが好きなので、前日に空港で購入し、4つのクッキーをズボンのポケットに入れて走っていました。

ちなみに、事前の案内でおすすめされていた携帯品は以下の通り。
- 緊急事態用交通費(1000円程度)
- 健康保険証
- 軽食(エネルギー補充・塩分・糖分・ミネラル補充など)
- 熱中症&雨対策:帽子・サンバイザー・雨カッパなど
- 身体のケア対策:冷却スプレー・絆創膏を・ワセリンなど
私はスーパークッキー以外に、ジップロックに入れた1000円札とスマホ、デジカメを持って走りました。

10時36分、南風原町から八重瀬町へ。次の競技中止勧告ポイントである八重瀬町の東風平中学校前(13.3km)は、11時20分までに通過しなければいけません。

八重瀬町に入ってすぐのところにお手洗いと給水ポイントがありました。

こちらはテレビの中継カメラ。NAHAマラソンの様子は琉球放送で生中継されますが、全国放送ではないので、録画手段のない県外ランナーは、放送の様子を見ることができません。一方で、ラジオでの生配信もあるので、そちらを聞きながら走ることは可能です。

ちょうどテレビの取材を受けているランナーがいました。こうしたインタビューは、コース中の色々な場所で行われています。

10時42分、また密度が高くなってきました。私の周囲にいるランナーのゼッケンをみると、「L」はほとんどおらず、前方のブロックの方々がほとんど。10kmを過ぎて、ペースダウンしたランナーが多いのでしょう。

JAの私設エイドでシークワーサージュースをゲット。ペットボトルを丸ごと1本頂けることにテンションが上がり、思わず手に取ってしまいましたが、一気に飲み干すことはできず、しばらくこのペットボトルを持って走ることとなりました。

そして、八重瀬町に入っても沿道の応援や私設エイドは途切れません。
子どもたちによるエイサーでの応援もありました。
■参考:沖縄のエイサーとは


馬の着ぐるみを着たランナー。10km以上これで走ってきたのは凄いです。果たして完走は出来たのでしょうか。

10時52分、競技中止勧告ポイントである「東風平中学校(13.3km地点)」を、制限時間よりも28分早く通過することができました。

東風平中学校を過ぎると、一定の間隔で「リタイアバス」が待機しています。途中で走るのを断念した場合、このバスに乗ると、無料で奥武山公園へ戻ることが可能です。

リタイアバスの待機所は以下の通り。
- 13.3km 東風平中学校前(発車予定時刻11:40~)
- 17.5km ローソン八重瀬 玻名城店(発車予定時刻12:00~)
- 21.3km 平和祈念公園(発車予定時刻12:15~)
- 26.2km 琉球ガラス村(発車予定時刻13:00~)
- 34.3km 那覇看護専門学校(発車予定時刻14:10~)
「ここまでは頑張ろう」というポイントを決めるときは、リタイアバスの待機所を基準にするとよさそうです。

NAHAマラソンの雰囲気だけ体験してみたいという場合は、完走を目指す必要もありません。例えば、私設エイドや沿道の差し入れでお腹をいっぱいにして、東風平中学校前を11時40分に出るリタイアバスで帰るというも、ひとつの楽しみ方だと思います。

八重瀬町の市街地を通過し、自然の多いエリアへとやって来ました。応援の人は少なくなりますが、応援がゼロになることはありません。

11時00分、スタートからちょうど2時間が経過しました。沿道にはバナナの木々も生えています。

この辺りの緩やかなアップダウンが地味にきついので、歩いている方も多かったです。

サトウキビ畑の中にトイレがありました。目に付きにくいこともあってか、並んでいる人の数は少なめです。

11時04分、15km地点を通過。9時スタートで計算すると、1kmを約8分のペースになっており、10km地点を通過したときよりもペースが上がっています。

さらに、実際にスタート地点を踏んだ9時17分から計算すると1kmを7分ペースです。体力や脚力的には、まだ割と余裕だったので、このペースで走り続けることにしました。
最大の難所を越えて平和祈念公園へ
ここまでは青空に眩しい太陽が照っていましたが、徐々に雲が多くなってきました。これはラッキーなことです。

「国道507号」のおにぎり標識がありました。国道は1号(かつての東海道)から始まりますが、その番号は507号が最後。つまり、我々は今「最果ての国道」を走っているというわけです。

『森田民族 完走目指してがんばれー』 個人的にはこうした手作りの看板に、沖縄らしさを感じます。
マラソンのコース沿いにあるガソリンスタンドは商売になりません。こちらのスタンドは、地元高校の軽音部のステージとして開放されていました。

11時18分、3つめの競技中止勧告ポイント「具志頭交差点(17.1km)」に到達。中止勧告時間よりも30分早く通過することができました。

そして、ここでもエイサー。

国道507号線はここまで。具志頭交差点からは国道331号線を走ります。

こちらは給水ポイントかと思いきや…

沖縄そばの出汁でした(笑)ほど良い塩味が身体に染みわたります

11時22分、リタイアバスが待機するローソン八重瀬玻名城店(17.5km地点)を通過。駐車場にあるトイレはそれほど並んでいません。また、このローソンが日本最南端の店舗であることはあまり知られていません。
■参考:沖縄本島南部に点在する色々な日本最南端

こちらはバンドの演奏による応援。イヤホンで音楽を聴きながら走る人も多いですが、NAHAマラソンはイヤホンなしの方が楽しめると思います。

応援仕様に車がデコレートされていました。

先ほども書きましたが、地元の人の応援に力が入るのは、やはり「知り合いが参加しているから」という要素が大きそうです。それに加えて、こうしたお祭りをちゃんと楽しもうとする方が多い県民性もあるでしょう。

昭和感のあるストリートライブもいいものです。勝手な想像ですが、本土復帰前後の沖縄の雰囲気はこんな感じだったのかもしれません。

ローソンを過ぎてから平和祈念公園までがNAHAマラソン最大の難所。距離にして約2kmの間に50mほどを登ります。緩やかな上り坂が続くため、体感的には半分以上の人が歩いていました。

また、沿道の応援も全区間を通して最も少ないエリアです。応援が無いのも意外とキツイ… 一方で、すっかり曇り空になったので、例年よりはマシなのかもしれません。

何とか難所を越えて、11時39分に平和祈念公園の手前の20km地点を通過しました。5kmごとのペースを振り返ると以下の通り。
- スタート 9:17~5km 9:54→→27分/5km=5分24秒/km
- 5km 9:54~10km 10:28→→34分/5km=6分48秒/km
- 10km 10:28~15km 11:04→→36分/5km=7分12秒/km
- 15km 11:04~20km 11:39→→35分/5km=7分00秒/km
スタートまでに17分かかった焦りから、最初の5kmはかなりハイペースだったことが分かります。

11時40分、八重瀬町から糸満市に入りました。

こちらは富士電機株式会社の私設エイド。恐らく沖縄支店の方々でしょう。皆さんスポンサーを務めるジェフユナイテッド市原・千葉の黄色いユニフォームを着ています。ランナーもJリーグのチームのユニフォームを着ている方が多かったです。

四方を海に囲まれた島・沖縄本島を走るマラソン大会ですが、やっと海が見えました。逆にスタートしてからここまでは海を見ることが出来ません。

ここでの差し入れはバナナ丸ごと1本。そろそろお腹が空いてくる時間でもあるので、ありがたい差し入れです。

11時46分、第1制限地点である平和祈念公園の入口に到達。制限時間は12時15分です。

NAHAマラソンの中間地点を11時46分に通過。残り約21kmを3時間半、つまり1kmを10分で走ればゴールできる計算です。少し希望が見えてきました。

中間地点は通過しましたが、第1制限地点はもう少し先です。

琉球銀行のキャラクター・りゅうぎんロボも応援に駆けつけてくれていました。

こうしたシャワーも、火照った身体にはありがたい。沿道には、園芸用の散水ノズルを手に、希望するランナーへ水をかけてくれる方の姿もありました。

11時49分、無事に第1制限地点を通過しました。制限時間になると、ここに名物「人間の鎖」が登場し強制終了。平和祈念公園には、リタイアバスも待機しています。
地元高校の吹奏楽部による明るい演奏は、まるで第1制限地点の通過を祝福してくれているようでした。
20km~30kmは地味な区間
平和祈念公園内を走り、再び国道331号線に戻って来ました。

平和祈念公園にもトイレはあったので、このトイレはそれほど並んでいません。

長く緩やかな下り坂が続きます。20km〜25kmの区間にかかった時間は37分。1kmあたり7分24秒なので、それほどペースは落ちてはおらず、疲れもまだ感じません。ただ、この区間は写真の数がぐっと減りました。

走ることに心身が慣れてきたこと、単調な景色が続くこと、そして沿道の応援がまばらになったことが理由でしょう。左手に見えているのは、ハワイから帰国したジョン万次郎が上陸した地・大渡浜海岸です。
■参考:ジョン万次郎の歴史


沿道の差し入れでおにぎりを頂きました。食べやすい一口サイズで、お昼時にこれはありがたい。

ひめゆり資料館の駐車場に設けられた給水ポイントにやって来ました。ひめゆり資料館は、太平洋戦争に動員された女学生「ひめゆり学徒隊」と、沖縄戦を紹介する施設です。

敷地内にある「ひめゆりの塔」に立ち寄り、手を合わせるランナーの姿もありました。
■参考:沖縄戦の歴史について


12時16分に25km地点を通過。残りちょうど3時間で17kmです。

こうした写真は残っていますが、走りながらなぜこの写真を撮ったのか、全く覚えていません、少し疲れてきたということでしょう。

12時25分、リタイアバスが待機する琉球ガラス村(26.2km地点)の前を通過。

沿道の応援だけでなく、ランナーの列も終始途切れません。少し疲れてきてから、人を避けて走るのはなかなかのストレスでした。

少しトイレにも行きたくなってきましたが、時間がもったいないので、ギリギリまで我慢して走ることに。結局、最後までトイレは入らずに完走しました。

こちらも沖縄の名物・電照菊の畑。開花時期を調整するため、秋から冬の夜間、沖縄各地で菊畑がライトアップされ、その光景は「キクミネーション」としても親しまれています。

沿道に停車するトラックの荷台に積まれていたのは牛!この道はしばらく車の通行ができないので、きっとこれも応援の一種です。

【がんばれ日本 自衛隊】という旗と日の丸を掲げているのは、糸満市自衛隊家族会による私設エイド。きっと、NAHAマラソンに参加している隊員の方がいるのでしょう。

そしてこちらがNAHAマラソンのコースで一番の絶景として紹介される場所。足を止めて、オーシャンビューの景色にカメラを向けている方が多かったです。

4つ目の競技中止勧告ポイント「南部病院跡地前(28.3km)」を、中止勧告時間よりも約35分早い、12時44分に通過することができました。この先で再び国道331号線に戻ります。

トイレは大体3kmおきに設置されていると考えてよさそうです。トイレの設置間隔が分かっているだけでも、並び状況に応じて「次にしよう」という対応をすることができます。

「真栄里(北)」交差点で、再び国道331号線から外れて県道256号線へ。糸満市街地へと入っていきます。

東風平中学校のあたりでいただいたシークヮーサージュース(500ml)を、ようやく飲み干しました。ここまで2時間近く、片手にペットボトルを握ったまま走るのは、多少なりとも体力の消費に影響があったと思います。

12時57分、30km地点を通過。20km〜25kmの区間にかかった時間は41分。1kmあたり8分12秒なので、少しずつペースは落ちています。ただ、9時のスタートから計算すると、約4時間で30km。もともと予定していた【8分/km】ペースなので、全く問題はありません。
30kmを過ぎてからがキツかった
市街地に入り、再び沿道の応援が賑わってきました。

道路の那覇向けだけがマラソンのコースとなっているため道幅が狭いです。反対車線は車が走っているため、注意して走る必要があります。

後方から救急車両も走ってきました。

こちらのテントでは、無料でマッサージをしてくれるようです。ここで足をほぐして疲れを取り、ペースの回復にかけるか。それとも立ち止まらず、このまま走り続けるべきか。どちらがタイムにとって得なのかは分かりません。

久しぶりに、エイサーの演舞による応援もありました。

兼城交差点では、歩道橋の上にも応援の人たちの姿が。気がつけば、雲がすっかり少なくなり、ここにきて容赦ない日差しが照りつけてきました。

ストレッチというよりも、マッサージですね。ゴールの制限時間である15時15分まで、残りちょうど2時間となりました。

潮平郵便局の皆さんは、総出で沿道に立ち、ランナーの応援をしてくれています。

人気の「吉野家エイド」はすでに店じまい。もう少し早ければ、吉野家の牛丼を頂くことができたはずです。

こちらはサーターアンダギー。口の中の水分は持っていかれますが、ド定番の沖縄の差し入れであり、本場の味は何より美味しいです。

吉野家を過ぎた場所にもトイレがありました。

13時25分、糸満市から豊見城市へ。第2制限地点となっている「那覇看護専門学校(34.3km)」まであと少し。ゴールまで10kmを切っていて、制限時間まで2時間近くあるので、周囲からは「もう歩いてもゴールできる」という声が聞こえてきます。

制限時間が14時10分と定められている、第2制限地点「那覇看護専門学校(34.3km)」は13時36分に通過。今回走った42,195kmの中で、ここから先の5kmが最もきつかったです。

こちらでは流しそうめんが提供されていましたが、すでに麺もつゆも少なくなっていたので、写真を撮るだけに。

35km地点は13時41分に通過。30km〜35kmの区間にかかった時間は44分。1kmあたり8分48秒なので、さらにペースは落ちました。しかし、もうこの時の私に焦りは全くありません。

当初は自分のペース(〇分/km)で走っていましたが、途中から「あと〇分あるから、〇分/kmまでペースを落としても間に合う」というように、考え方が変わってしまっているのです。

マラソンが人生に例えられる理由が、少し分かった気がしました。最もしんどいのは、ゴールが見えているとき。もはや足の問題ではなく、自分との闘いです。
人生初フルマラソンの私の目標は、ゴールすることではなく「完走」すること。歩いている人にも抜かされながら、とにかく歩かず、ゆっくりと走り続けます。そして、普通に暑い。

疲労と暑さで喉がめちゃくちゃ乾きます。この辺りも沿道の差し入れで給水は出来ますが、スポーツドリンクや、冷たい水が多く、私が望む「常温の水」はなかなか手に入りません。

「瀬長」の交差点の手前で国道331号線を右折。しばし、裏路地的な細い道を走ります。

車に貼られた、学校の先生向けた応援メッセージ。先生はここまで走らないとこのメッセージを見ることができません。

14時01分、「あと5km」の看板が登場しました。残り1時間15分で5kmなので、怪我をしない限り、ゴールすることはできそうです。

14時04分、再び国道331号線へ。足もまだ大丈夫ですが、この疲労と暑さの中で、ペースを上げることが、どれほどの負担になるか分からないので、ゆっくりダラダラと走ります。繰り返しになりますが、私にとってこれが一番きつかったです。

この道も通行止めにはなっていないので、前から走って来る車のすぐ横を走ります。ここに来て道幅が狭く、自分のペースで真っ直ぐ走れないのは、かなりストレスです。

14時19分、あと3km。「あと5km」地点を通過したのが14時01分だったので、2kmを進むのにかかった時間は18分。9分/kmのペースで、最後の競技中止勧告ポイント「赤嶺交差点(39.3km)」地点を通過します。中止勧告時間は14時55分です。

いよいよラストスパート。奥武山公園までゆいレールの下を走ります。

エイサー太鼓による応援がありました。沿道の応援は最後まで途切れません。

40km地点は14時27分に通過。35km〜40kmの区間は46分、1kmあたり9分12秒とペースは落ちたものの、完走を目指してゴールへと向かいます。
過酷?人生初のフルマラソンを完走
最後の最後でランナーの前に立ちはだかるのは上り坂。なかなか過酷です。

普通の会社員が、これほどの大歓声を浴びる機会など、そうそうあるものではありません。NAHAマラソンのキャッチフレーズは「走るあなたが主役です」。まさにその言葉どおり、スターにでもなったような気分です。

スポーツにおいて、応援がどれほど大きな力を持つのか。その一端を、身をもって実感しました。名残惜しさも感じながら、最後の交差点を左折。

ついに、奥武山公園内の野球場「沖縄セルラースタジアム那覇」が見えてきました。

14時38分、ゴールまで「あと1km」。この1kmが地味に長い。これもスタジアムという物理的なゴールが見えているからでしょう。
奥武山公園に入りました。最後はボランティアスタッフの皆さんとハイタッチをしながら走ります。

ん?最終関門まで123m?公式のコースマップでは、最終関門の案内はありません。

どうやらこのゲートが最終関門のようで、スタートから6時間15分後、15時15分までにここを通過しなければならないようです。私は14時44分に通過することができました。

最後はこのトラックを1周して、NAHAマラソンの42.195kmは終了です。「制限時間6時間15分」と案内されていますが、これはあくまで最終ゲートが閉まる時刻。ゲートさえ通過してしまえば、このトラックは、どれだけゆっくり走ってもかまいません。

「FINISH」と書かれたゲートが見えてきました。

14時47分、ゴール!!9時スタートのタイムでは5時間46分。実際にスタートラインを踏んだ9時17分で計算すると、5時間29分で完走という結果になりました。

ゴールラインを通過した後はそのまま「完走証即時発行センター」へ。

前日に登録していたエヌエヌ生命のチャリティーランナーブースにも、完走を報告しに行きます。

15時、完走証と記念メダル、エヌエヌ生命さんからもドリンクとカレンダーをいただき、奥武山公園の芝生の上で一休み。妻と連絡を取りたかったのですが、混雑でなかなか電波が繋がりません。妻と合流できたのは、それから30分ほど後のことでした。

電波が繋がるのを待っている間、靴を脱ぎ、芝生に寝そべって見上げた青空と、達成感に満たされた身体の感覚は、きっと一生忘れることはないでしょう。この感覚を味わうために、もう一度走りたいと思うほど心地よいものでした。

ちなみに、NAHAマラソンの公式ホームページでは、完走した全ランナーの順位とタイムが公開されており、私の順位は10209位。最下位の方は16884位(6時間23分)だったので、半分よりも下の順位でした。

翌日は月曜日ですが、有給を取り、午前中の飛行機で沖縄を経ちました。ということで、これにて私の人生初フルマラソンは終了。怪我無く完走することができて良かったです。
.
今回はここまで。本日もありがとうございました。
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