ブログをご覧いただきありがとうございます。
今回は「2025年 公共交通機関で行く 北海道の旅」その10をお届けします。
★前回の記事は こちら ★
路線バスで羽幌町から豊富町へ
2025年8月13日、北海道の有人島・天売島に1泊2日で滞在しました。

船の時間ぎりぎりまで宿泊した「天売マフレ」に併設のカフェで過ごし、13時25分発のフェリーに乗船。焼尻島を経由して、羽幌港までの所要時間は1時間40分です。

海は凪で、昼下がりの快適な船旅となりました。15時に羽幌港フェリーターミナルへ到着。この日の宿がある豊富温泉に向かうため、港から15分ほど歩いて、沿岸バスの「本社ターミナル」バス停へ。

17時11分発のバスに乗車する予定でしたが、時間になってもバスが来ない… 土日祝は運行されない便ですが、この日は平日。事前にお盆期間が平日ダイヤで運行されることも確認していました。

少し不安になりながらバスを待っていると、10分ほど遅れてバスがやってきたので一安心。

羽幌町を出発したあとは、オロロンライン沿いに初山別村・遠別町・天塩町・幌延町を通り、豊富温泉(豊富町)までの所要時間は2時間20分です。

乗客は私たちだけ。途中のバス停もほとんど通過しながら、日本海を左手に、バスはひたすら北へと走り続けます。
泣いている我が子に気を遣ってか、バスの運転手さんが、沿線でクマの目撃情報が増えていることや、この地域ならではのクマ料理について、いろいろと話してくださいました。

こちらは、かつて留萌駅から幌延駅までを結んでいた羽幌線の廃線跡。1987年の廃止以降は、私が乗っているこの沿岸バスが、鉄道の代替として同じ区間を走り続けています。

少しずつ利尻富士のシルエットが大きくなってきました。18時30分、もうすぐ夕陽が沈みます。

利尻富士は、北海道本土(稚内)から西へ約50km離れた日本海に浮かぶ「利尻島」の山。間に海があるとは思えないほど、くっきりと美しい姿を見せてくれました。

天塩大橋を通過。橋の下を流れる天塩川は全長256km、石狩川に次ぐ北海道第2の、全国でも第4位の長さを誇る大河。天塩大橋はその河口付近に架かる橋です。

19時30分、すっかり暗くなった豊富温泉に到着。羽幌本社ターミナルからここまでの運賃は1,830円。バス停から5分ほど歩いて宿にチェックインしましたが、この短い距離でもクマが出てこないかと、緊張感が抜けませんでした。
日本最北の温泉郷 豊富温泉
2025年8月14日、豊富温泉で朝を迎えました。宿泊した宿は「ウカスイモシリ」です。

楽天から予約し、大人2人素泊まりで10,070円と手頃な価格で泊まれました。調理場付きで自炊もでき、使い勝手のよい宿でしたが、壁は少し薄い印象。また、温泉郷の宿ではあるものの、館内はシャワーのみで、温泉に入るには近くの日帰り施設を利用する形になります。

ということで、朝から入れる温泉を探してみることに。ちなみに、周辺にはコンビニも商店もなく、前日の夕食と朝食は事前に持参してきました。写真の「ふれあいセンター」は町営の日帰り温泉施設ですが、営業時間は10時からのため入れず。

一方、ニュー温泉閣ホテルでは、宿泊者以外でも朝から日帰り入浴ができます。

朝湯の時間帯は7時から8時半まで、料金は600円です。タオルは有料レンタルですが、シャンプーとボディソープは、備え付けのものが用意されています。

豊富温泉の特徴は、井戸から温泉水が湧き出る際に石油や天然ガスが一緒に噴出するため、湯にわずかな油分が含まれていること。石油分を含む温泉は、世界的にも極めて珍しく、その希少な例は世界に2か所、日本では豊富温泉のみとされています。この油分に含まれる成分は皮膚疾患によく効くそうです。

豊富温泉の歴史は、1925年に始まった村井鉱業による石油の試掘に遡ります。翌1926年、地下約960メートルに達したところで天然ガスと温泉が噴出し、これが「日本最北の温泉」の誕生となりました。1927年頃には、地元の人々が湧出地に草葺の小屋を建てて入浴を始め、やがて8つの旅館が次々と開業。豊富町に温泉郷が誕生したのでした。
牛乳で有名!サロベツ原野を観光
豊富温泉からは、町内にあるサロベツ湿原センターへ。地平線まで一面に広がる日本一の高層湿原「サロベツ原野」の玄関口となる施設です。
高層湿原とは、ミズゴケが枯死し泥炭として積み重なって周囲より盛り上がり、雨水だけで維持される貧栄養な湿原のこと。氷河期の遺存種など貴重な動植物が生息することから、保全上重要な湿地として国立公園にも指定されています。
■参考:1

サロベツ湿原センターへは、バスの本数が少なく時間が合わなかったため、あらかじめタクシーを予約しておきました。歩けなくもない距離ではあるものの、途中でクマに遭遇する可能性もあるため、安全を考えての判断です。
■タクシー:サロベツ交通 TEL:0162-82-2035
■バス:予約型乗合交通のご案内(豊富町)

タクシー車内の注意書きは、日本語・英語・ロシア語の三か国語で書かれていました。ロシア語が併記されている光景に、稚内圏内であることを実感します。
■参考:稚内市内にあるロシア語の看板


9時15分、サロベツ湿原センターに到着。2011年4月にサロベツ原野の玄関口として開設された環境省の施設で、湿原観光の拠点となっているスポットです。

まずは「利尻礼文サロベツ国立公園の印」をゲット。実はこの印を押すためにここまで来た、というのが正直なところですが、せっかくなので館内も見学することに。

展示スペースは、サロベツ湿原の成り立ちや、湿原に生きる動植物、地域の人々の暮らし、そしてかつての泥炭採掘の歴史まで、写真や映像で知ることが出来るようになっています。

さらに、館外には24時間開放されている無料の木道(1周1km)があるので、少し歩いてみることに。

1947年頃には、湿原と天然林が全体の大半を占めていたサロベツ原野。地表には、年に約1mmずつゆっくりと積み重なった植物の遺骸からなる「泥炭」が広がっていました。こちらは泥炭を採掘するために使われていた浚渫船です。

現在のサロベツ湿原センターがある場所には、かつて三井東圧化学(現・三井化学)が工場を構えており、1970年から2002年までこの地の泥炭を採掘し、ピートモスなどの土壌改良材を製造していました。工場は2004年に閉鎖され、その跡地にサロベツ湿原センターが誕生したのです。
■参考:2

ちなみに、【サロベツ】という地名は、アイヌ語の「サル・オ・ペッ(葦(ヨシ)原を流れる川)」が由来。この湿原の成り立ちは、およそ1万年前にさかのぼります。

当時、この辺り一帯は海とつながる大きな湖でした。そこに生えた植物が枯れ、分解されないまま泥炭となって長い時間をかけて積み重なり、6千年以上の年月を経て、現在のような広大な湿原ができあがったのです。

面積は約6,700ヘクタール、高層湿原としては日本一の規模を誇り、多くの渡り鳥が飛来する生き物の宝庫として、2005年にはラムサール条約湿地にも登録されています。一方で、この湿原は近年大きく姿を変えてきました。

1947年頃のサロベツ原野は、湿原と天然林が全体の大半を占めていましたが、戦後の混乱と食料確保という課題に応えるため、国は大規模な緊急開拓事業に乗り出します。これをきっかけに、農地の開発や河川改修が繰り返し行われ、1999年には農地や人工林が過半数を占めるまでになったのです。

一方で、一連の開拓事業によって、サロベツ地域は日本最北の一大酪農地帯に成長しました。都内のスーパーに並ぶ牛乳パックで「サロベツ」という地名を見かける人も多いはず。現在は、失われた湿原の環境を取り戻すための取り組みも進められています。
■参考:3
豊富駅から鉄道に乗る
サロベツ湿原センターに約1時間滞在した後、再びタクシーに乗り、今度は豊富駅へ。

本当は駅まで歩く予定でしたが、行きで「ここで熊が出たんですよ」という話を聞いたので、やっぱり迎えに来ていただきました。

タクシーの予約の都合で予定より早めの移動となったため、豊富中学校の前で降ろしてもらい、駅までは歩くことに。豊富温泉からここまでのタクシー代は合計で7,040円でした。

さすが酪農地帯。牛乳を運んでいると思われるトラックが走っていきました。北海道のコンビニ「セイコーマート」で販売されている牛乳も豊富牛乳です。

豊富駅の跨線橋もウシ柄で「とよとみ」「さろべつ」と書かれています。

こちらは豊富駅前の様子。特急列車も停車する駅ですが、人口減少と車社会化により、かつて町の玄関口だった駅前は閑散としています。

ここまで使ってきた北海道&東日本パスは、7日間の有効期限が切れました。豊富駅は無人駅のため、駅では切符を買えず、そのままホームへ。この辺りの鉄道は、車内で整理券を取り、降りるときに運賃を払う、バスのようなスタイルです。

11時16分発、宗谷本線の「稚内行」がやって来ました。この日の目的地は日本最北の有人島・礼文島です。
.
今回はここまで。本日もありがとうございました。
.


コメント