那覇空港から10分!年間288万人が上陸 飛行機の島・瀬長島へ|沖縄旅行記2021 その2

南国日記~沖縄移住の記録~

ブログをご覧いただきありがとうございます。

今回は「橋で繋がった島全部上陸する」その2をお届けします。

★前回の記事★

道路で繋がった島・瀬長島

南城市の奥武島から、豊見城市・瀬長島へやってきました。

瀬長島は橋で繋がっているのではなく、米軍統治下の時代に作られた道路で繋がっています。

また、地図を見ると、那覇空港との間にも道路が敷かれていることが分かります。

瀬長島は那覇空港から車で10分ほど。

2018年には、年間288万人もの人が訪れています。

那覇空港を離陸する戦闘機、瀬長島上空を通過

多くの飛行機が瀬長島の上空を通過するので、沖縄本島と瀬長島を繋ぐ道路は、飛行機ファンの撮影スポットにもなっています

この時も、ちょうど那覇空港を離陸した自衛隊の戦闘機がやって来て、空気を裂くような、バリバリとした轟音が響いていました。

瀬長島の周囲には、1.8kmの、時計回り一方通行の道路が整備されています。

その道路には「カニ注意」の標識もありました。

知られざる瀬長島の歴史

最初に島に住んだのは、琉球の国を創ったアマミキヨの子・南海大神加那志だった、という言い伝えから、瀬長島は豊見城発祥の地と言われています。

現在は、白塗りのお洒落なお店が並ぶ「ウミカジテラス」や、沖縄では数少ない天然温泉がある「瀬長島ホテル」があり、リゾート感に溢れています。

戦前は【神の島】として、扱われていたようです。現在の久高島のような感じでしょうか。

戦争が近づくと、1944年、米軍の沖縄上陸に備え、瀬長島の住民に退去命令が出され、戦後は島全体が米軍基地の一部となりました

神の島であるが故、参拝のために島へ訪れる人も多かったそうですが、島への立ち入りは禁止され、拝所などは本島へ移動されるか、破壊されました。

★参考:神の島「久高島」★

こちらは子宝岩

よく見ると、岩に2つの穴が開いています。岩に向かって小石を投げ、上に入れば男の子、下は女の子を授かるという言い伝えがあるそうです。

ただ、こちらは2015年に復元されたレプリカで、本物については、「沖縄戦の時に破壊された」や、「戦後米軍によって破壊された」など、諸説あるようです。

那覇空港の飛行機が見える

瀬長島が返還されたのは1977年。

戦前とは島の地形も変わっていたそうですが、そこから整備が進み、2005年、「エアウェイリゾート豊見城地域」に指定されました。

Airway(エアウェイ)とは「航空路」(上空に設定された航空機の道)のこと。

ちなみに、Airwaysのように、複数形になると「(イギリス系の)航空会社」の意味になります。アメリカ系の航空会社はAirlinesです。

瀬長島からは、上空を通過する飛行機だけでなく、那覇空港の滑走路にいる飛行機も見ることが出来ます。

しかも、那覇空港の滑走路は、この美しい海へ突き出るように伸びているので、空の青と海の青に囲まれた、とても綺麗な写真になります。

那覇空港のホームページに出ている、飛行機の離着陸情報を確認しながら、飛行機を見るのも面白いです。

「あ、この飛行機は今から羽田に行くんだな」ということを思いながら見ていると、無性に旅へ出たくなります(笑)

★参考:那覇空港の離着陸情報★

本日のフライト|那覇空港旅客ターミナルビル

自衛隊の戦闘機も、通常の旅客機と同じ滑走路を使っています。この飛行機が離陸する瞬間を待っていたのですが、なかなか動かず…

瀬長島には20分ほど滞在し、次の島へ。

ちなみに、豊見城市には瀬長島ともうひとつ、橋で繋がった島がありますが、今回は「○○島」という名前が付く地に上陸するので、スルーします。

★参考:豊見城市の知られざる島★

続いて向かうのはうるま市・与勝諸島です。

時刻は11時過ぎ。

那覇から国道58号線を北上し、1時間以上原付を走らせます。

宜野湾市までやって来ました。

米軍の車両が走るのは、沖縄ではよく見られる光景です。

ここから国道58号線を離れ、沖縄本島の東へと向かいます。

.

今回はここまで。本日もありがとうございました。

★続きはこちら★

コメント

タイトルとURLをコピーしました