ブログをご覧いただきありがとうございます。
今回は「2025年 沖縄・八重山諸島旅行記」その4をお届けします。
★前回の記事は こちら ★
日帰りで西表島の秘境・船浮集落へ
2025年10月20日、石垣港離島ターミナルにやって来ました。この日は日帰りで西表島に渡り、知る人ぞ知る秘境・船浮集落を目指します。

船浮集落には町立の小中学校もありますが、西表島の玄関口・大原港からの徒歩ルートは存在しません。船浮は西表島島内にありながらも、集落までの道がない「陸の孤島」なのです。

船浮には西表島西部の「白浜港」から定期船で行くことが出来て、白浜港までは西表島北部の「上原港」からバスが出ています。そして、上原港までは、安栄観光・八重山観光フェリーともに石垣島からの直行便がありますが、この日は全便欠航。
■参考:安栄観光と八重山観光フェリーの違い


上原航路は就航率が低いため、欠航したときは大原港からのバスが運行されます。また、安栄観光では、白浜港までの無料バスも運行していたので、乗船券購入時にバス券もゲット。料金は片道2,990円でした。
安栄観光が運行していた白浜港行き無料バスは、2026年6月末で廃止されました

8時30分発、西表島大原港行きの船「いりかじ」に乗船。石垣島からの所要時間は約45分です。

雨こそ降っていないものの、空は厚い雲に覆われ、周囲に浮かぶはずの島影も見えません。それでも海は思いのほか穏やかで、船はさほど揺れませんでした。

9時15分、西表島大原港に到着。

大原港では上原港行きのバスに乗り換え。このバスには、ぱいじま2の乗客だけが利用できます。

バスは船からの乗り換えが完了次第出発。ノンストップで上原港まで向かいます。この日の乗客は10名程度でした。

大原港から上原港までの距離は約35km。およそ1時間かけてバスは上原港に到着。

ここから先は安栄観光のハイエースで白浜港へ向かいます。

途中で「西表島西部地区学校給食共同調理場」に寄り道。石垣島から届いた食材を届けたようです。

10時50分、白浜港に到着しました。船の出港は5分後。なお、送迎バスの遅延により船の出発時刻に間に合わない場合は、ホームページにある船長の携帯に電話をすると待ってもらえるようです。
■参考:西表島は面積が大きな島

船浮海運の定期船に乗船
白浜港と船浮を結ぶのは、船浮海運の定期船。

1日5便が運航されているので、陸路では行けない秘境でありながら、アクセスの良い集落といえるでしょう。レンタカーを借りて白浜港まで来ると、難易度はぐっと下がります。

船内はこんな感じ。デッキにも座席が設けられています。白浜港には待合室もありますが、乗船券は船に乗ってから購入する仕組みです。

料金は往復960円で、支払いはクレジットカードもOK。御船印もゲットすることができました。
10時55分に白浜港を出港。船は西表島と無人島・内離島(うちぱなりじま)のあいだの狭い水路を抜けて船浮湾へ。周囲をぐるりと島々に囲まれているおかげで波はほとんど立たず、小さな船ながら揺れは気になりません。船の就航率も高いです。

そうして約10分、あっという間に船浮港へと到着しました。
港から歩いてイダの浜へ
帰りは白浜港から大原港まで路線バスを利用し、この日のうちに石垣島へ戻るため、船浮での滞在時間は1時間半しかありません。
幸い雨は止みました。まずは有名な観光スポット「イダの浜」へと向かいます。GoogleMapの計算によると、港からは歩いて約10分です。

1647年の古文書『宮古八重山両島絵図帳』において、「ふなうけ村」が登場することから、西表島のなかでも古い歴史を持つ集落のひとつと紹介されることが多い船浮。とはいえ、いつ頃、どんな目的で人が暮らしはじめたのかは、はっきりとは分かっていません。

こちらは港のそばにあるカフェ「山猫のテラス」。お店の名前は、1965年に船浮で「イリオモテヤマネコ」が発見されたことに由来するものでしょう。

メニューはこんな感じ。飲み物やパフェ、ソーキそば、ポテトフライ、パパイヤの佃煮をいただくことが出来ます。

「東郷平八郎上陸の地」という石碑がありました。碑文によると、あの連合艦隊司令長官・東郷平八郎が、船浮に上陸して学校を訪ね、教員や村人、兵士たちを励まし、帰りに立ち寄った民家では、お茶とラッキョウのもてなしを受けたのだそう。

しかし、その年が「明治38年(1905年)5月」というのが不思議な点です。1905年は日本の命運を分けた日本海海戦のあった年。東郷率いる連合艦隊は、バルチック艦隊を迎え撃つべく、朝鮮半島の鎮海湾を拠点に対馬海峡で訓練を重ねていたはず。

そして、日本海海戦があったのは5月27日。決戦を目前に控えた司令長官が、なぜ対馬から遠く離れた、この沖縄の秘境にいたのでしょうか。真相はいかに。
■参考:日本海海戦と東郷平八郎について


こちらは「上の川」。案内板によると、この水を使って船浮では稲作が営まれていたそうです。さらに、明治時代に船浮周辺で炭鉱開発が盛んになると、この水が療養に効果があるという噂を聞いて訪れる人もいたとか。

船浮の港の周辺には、わずかに平地が広がり、そこに集落が形成されています。田んぼはありません。昔も稲作に使えるような土地は限られていたはず。恐らく自分たちが食べる分をまかなうための、細々とした稲作が営まれていたのでしょう。

集落とイダの浜を結ぶ道は野生的ですが、草木が道を塞ぐような箇所はなく、綺麗で歩きやすいです。それだけこの道を歩く観光客が多いのでしょう。

イダの浜に到着。2018年にトリップアドバイザーの『日本のベストビーチトップ10』で6位に選ばれたそうですが、この曇り空だと微妙な景色でした。
陸の孤島を歩いて観光~いつから人が住んでいるのか~
イダの浜には10分ほど滞在し、集落に戻って来ました。船の出港までは残り30分しかありません。

船浮には大体40名~50名が暮らしているそう。1972年に西表島の大部分は国立公園に指定され、2021年には世界自然遺産にも登録されました。開発に制限がかかっているため、新たに道路が作られることはなく、今後も陸の孤島であり続けるのでしょう。

そんな静かな集落ですが、かつては戦争の最前線だった時代があります。1941年、太平洋戦争の開戦を目前に、船浮湾に日本陸軍の「船浮臨時要塞」が築かれました。沖縄本島の中城湾要塞と並び、沖縄で最初に造られた軍事施設でした。
■参考:日本の要塞建設について


天然の良港である船浮湾は、艦艇の停泊地として格好の地形だったのです。要塞化にともなって、島の暮らしは一変。集落の住民は、西表島東部の大原や祖納、さらには波照間島や台湾へと、疎開を余儀なくされました。

こちらは「カマドマのクバデサ」の石碑。カマドマは船浮にいたという絶世の美女。クバデサはこの碑の横にあるモモタマナの木のことだそう。カマドマはクバデサの下で、祖納から船浮に通っていた恋人を、ひざが痛くなるまで待ち続けたそうです。

この恋の様子は「殿様節」として歌われ、沖縄民謡の中でも有名な一曲となっています。立派な「殿様節之歌碑」もありました。ちなみに、殿様と表現されている恋人の名前は石垣高瑞。1804年に船浮の役人に命ぜられたことをきっかけに、カマドマに心酔したそうです。
■参考:1
■参考:2

集落にある船浮小中学校にやって来ました。その沿革をたどると、始まりは1924年に設けられた「船浮部落学校」とされています。果たして、1905年に東郷が寄ったという「学校」とは、いったい何だったのでしょう。

子どもたち向けの公園もありました。また、集落の周辺には、いまも要塞化されていた当時の砲台跡や壕の跡が静かに残されています。

船浮御嶽もまた、いつからこの地にあるのでしょう。八重山の御嶽は、茂みにひっそりと隠れるようにたたずんでいることが多いもの。それだけに「船浮御嶽」と記された鳥居を構えたこの御嶽は、少し珍しい佇まいです。今も、集落の神事はここで営まれています。

こちらは船浮多目的集会施設。沖縄らしく白い平屋の建物です。集落の家々は様々な造りが混在しており、いわゆる「沖縄らしい古民家」は見当たりません。

そのため、この集落を歩いていて沖縄を感じるかといえば、そうではない点も面白いです。こちらの「ぶーの家」では、イノシシカレーや猪そばが提供されています。恐らく料理に使われているイノシシは、船浮で捕獲されたものです。

お食事をいただく時間は無かったので、缶ビール(400円)だけいただきました。

こちらは教職員住宅でしょうか。船浮集落で学校の次に大きな建物です。

「イリオモテヤマネコ捕獲の地」と書かれた柱もありました。現在は西表島に約100頭が生息しており、国の特別天然記念物かつ国内希少野生動植物種に指定されています。
船浮から船と路線バスで大原港へ
いよいよ船の出港時刻が近づいてきたので、港に戻って来ました。

荷物がリヤカーに載せられています。

集落を歩いていて見かけた自動車は、この軽トラック1台だけでした。

ということで、船浮の観光はここまで。12時20分発の船に乗り、白浜港へと戻ります。さらば船浮。

船浮湾は水深が50m以上あり、現在は日本最南端かつ最西端に位置する国際避難港に指定されています。

白浜港に到着した後は、12時48分発「豊原行」の路線バスに乗車。大原港までの所要時間は約1時間半、料金は1,410円です。
■参考:終点の豊原は日本最南端のバス停


14時半前、大原港に到着。

そして、15時発の八重山観光フェリーで石垣島へと戻りました。本来予定していた波照間島への上陸は叶いませんでしたが、その代わりに船浮へ行くことが出来て良かったです。
.
今回はここまで。本日もありがとうございました。
.船浮,船,イダの浜,日帰り,旅行記


コメント