琉球開闢七御嶽・フボー御嶽へ アマミキヨが上陸した久高島|2017年旅行記その14

旅の思い出

ブログをご覧いただきありがとうございます。

今回は「九州・沖縄の島を巡る旅(2017年)」旅行記その14をお届けします。

★その13はこちら★

今回は過去の島旅を振り返りながら、沖縄移住後に撮影した写真や知識を交えてお届けします。

「神の島」といわれる久高島と沖縄の始まり

旅の8日目。

大東島へ行くフェリーの出港が1日延期となり、急遽、那覇からも近い「久高島」へ行くことに。

整備されていない道、瓦屋根の古民家、うっそうとした木々、どこかで焚かれている火の煙…

この写真だけ見ると、本当に海外のような雰囲気です。

久高島には、遥か昔、天(ニライカナイ)から 「アマミキヨ」という女神が降り立った、という伝説があります。

この写真は南城市の玉城城跡から撮った久高島。朝陽に照らされて、本当に神々しい雰囲気です。

日本の神様辞典』によると、アマミキヨは天帝から与えられた土や石、草木を使って多くの島々を作ったそうです。

そしてこれが、現在の沖縄(琉球)の始まりと言われています。

ここは久高島からやってきたアマミキヨが上陸したとされる、南城市の百名ビーチ

上陸の証として、「ヤハラヅカサ」という、干潮時のみ姿を現す石碑が置かれています。

島を作ったアマミキヨは、次に森を作り、そこには神々を祀る御嶽(祭場)を置きました。

沖縄最高の聖域「フボー御嶽」

こちらは久高島にあるフボー(クボー)御嶽。

琉球開闢七御嶽のひとつで、沖縄でも最高の聖地とされています。

昔から神々への感謝の心と、人々の安寧を願う場所として、琉球王府や島の人々に大切にされてきました。

島の人でも立ち入りは禁止されています。

が、最近は「パワースポット」として有名になり観光客がフボー御嶽に立ち入る、いわゆる『観光公害』が発生しています。

ポスターや多言語看板、映像などで「立ち入り禁止」を呼び掛けているものの、なかなか観光客のマナーは改善されないようです。

フボー御嶽の観光公害の対策を考えてみた

ちなみに、久高島には、年間6万人もの観光客が訪れているといわれています。

★久高島で考えられる施策★
・来島者全員が「島ルール講座」受講【船到着→ルール講座→各自散策】
・日帰りの場合は必ずツアーに参加して島を巡る【自由散策NG】

ということを、島の人から笑顔で親切にお願いをされたら、観光客も理解してくれるはずです。

「ダメ!」と強く言っても反感を買うだけです。看板を置いたとしても、聖域に入って逮捕されるわけではないので難しいです。情に訴えて、協力してもらう気持ちが必要です。

久高島に降り立ったアマミキヨが創ったもの

こちらは沖縄で最初の田んぼと言われる『受水・入水』。

百名ビーチのそばにあります。島と御嶽を作ったアマミキヨが、次に創ったのは人間だと言われています。これは神の力を発揮させる「祭り」を行うためです。

ちなみに、島が出来てから人が生まれるまでの間は『数万年』と言われています。アマミキヨは自ら田を開墾して、人々に稲作を教えたそうです。

アマミキヨが女性であったことから、琉球では昔から、女性の地位が高いものでした。琉球の神官「ノロ(祝女)」も女性のみ。

久高島にある祭祀のなかで最も重要な祭祀、12年に1度行われる「イザイホー」も女性のための儀礼でした。

前回の記事で、久高島の人口減少・高齢化についてご紹介しました。

イザイホーの対象は30歳から41歳までの女性。

1978年以降は「該当者なし」でイザイホーが行われていません。

なまはげ太鼓‐恩荷‐(ONGA)/秋田・男鹿温泉

例えば、秋田県の「なまはげ太鼓」のように、文化・風習を受け入れられやすいように変化させて未来に繋いでいくか、それとも古来の形式を守り消えゆくのを美しいとするか。

多くの地域がその岐路に立たされています。

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今回はここまで。本日もありがとうございました。

☀上陸した島☀
No.35 久高島(沖縄県) 2017.11.27

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