雨の利尻島を観光!路線バスで島を1周する キャンプ場のバンガローに宿泊|2025 旅行記17

北海道

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今回は「2025年 公共交通機関で行く 北海道の旅」その17をお届けします。

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雨の利尻島を観光!路線バスで島を1周する

2025年8月17日の正午、礼文島から利尻島・鴛泊港にやってきました。翌朝のフェリーで稚内へ渡るため、島を観光できるのは、この日の午後半日だけです。

特に予定は決めておらず、天気もぐずついていたので、路線バスの1日フリー乗車券を購入し、車窓を楽しみながら島をぐるりと一周してみることにしました。写真の通り、バスの車内はガラガラで、貸し切り状態です。

鴛泊港から沓形(くつがた)までは道道108号線を、沓形から鴛泊までの道は道道105号線。この2つの道道は「利尻ファンタスティックロード」とも呼ばれ、島を一周する周遊道路になっています。ちなみに、道道106号線は天塩町〜稚内市内を結ぶ道、道道107号線は室蘭市内を走る道です。

利尻島の面積は約182㎢、北海道内の離島(北方領土を除く)では最大です。バスは時計回りに島を進み、まずは東側を南下します。左側は基本的に海。晴れていれば綺麗な景色でしょうが、雨だとなんとも地味です。

右側には、島の中央にそびえる利尻富士(標高1,721m)。日本百名山の中で最も北に位置する独立峰で、北海道の定番土産「白い恋人」のパッケージにも描かれています。ただこの日は、あいにく雲に隠れて、ほとんど姿を見ることができませんでした。

次の停留所は「鰊泊(にしんどまり)」。利尻島でニシン漁が始まったのは、1800年代後半のこと。当初は本州各地から出稼ぎでやって来た漁業者が中心でしたが、明治時代に場所請負制度が廃止されると、さらに多くの人々が島へと渡り、そのまま定住して集落を形成していったと伝えられています。

■参考:1

■参考:場所請負制度について

北海道に鉄道が走る歴史的理由~鎖国の日本に接近したロシアと北海道開拓|2020 旅行記5
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2020年 国勢調査より

利尻島の人口は、島を構成する利尻町と利尻富士町を合わせておおよそ4,000人弱。今も就業者のうち約3割が漁業に従事しています。かつて島の経済を支えたニシンは、現在ではほとんど獲れなくなったそうですが、島の各地には近世以降の漁業と移住の歴史を物語る文化遺産が数多く残されています。

こちらは利尻富士町の鬼脇集落。1956年にこの鬼脇村と北部の鴛泊村が合併して「東利尻村」が誕生しました。当時は「利尻郡1町構想」として島全体をひとつの町にする話もあったそうですが、実現には至らず、島は東西2町体制に。

鬼脇にはセイコーマートもある

「東利尻村」の名は、島の西側で先に合併して発足していた「利尻町」に対して、東側に位置することから付けられました。1959年の町制施行で「東利尻町」となり、現在の「利尻富士町」へと改称されたのは1990年のことです。

オタトマリ沼は周囲約1kmを誇る利尻島最大の湖沼。湖面に映る「逆さ利尻富士」の絶景で知られていますが、この日は激しい雨。視界も悪く、散策を楽しめる状況ではなかったので通過します。

ひとつの島に2つの町がある理由

レンタカーを借りることもできましたが、観光スポットには立ち寄らず、ただこの道を一周するだけならバスのほうが断然お得です。

鴛泊港を出発してから約30分が経ちました。景色は地味で、車窓から紹介出来るものはほとんどありません。

前方から自転車で島を巡る旅行者がやって来ました。利尻島は北海道の離島の中で最も観光客が多く、コロナ禍前の2019年度には年間27万2,000人が来島しています。近年は海外からの観光客も増加しているそうです。

■参考:2

■参考:北海道の離島 奥尻島旅行記

北海道最西端・奥尻島を日帰り観光!レンタカーで島を1周 歴史や産業もご紹介|2018 旅行記
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利尻島の集落は今も海岸線に沿って点々と連なっています。次に見えてきたのは利尻町の仙法志集落。島の南部に位置し、仙法志漁港は島の漁業の中心を担っているそうです。周辺の浅瀬では昆布やウニ、ワカメが、沖合の天然礁ではイカやマグロ、ホッケが水揚げされます。

同じ島内でも場所が変わると海の表情は異なり、先ほどまでの穏やかな海とは対照的に、こちらでは白波が次々と岸へ打ち寄せていました。

利尻中学校は利尻町唯一の中学校。学校のホームページによると26名の生徒が通っているそうです。島全体では小学校が4校、中学校が3校、高校が1校があります。

こちらが利尻高校。町名にもなっている「利尻」は、アイヌ語「リイ・シリ」で「高い・島」を意味するそうです。

13時20分、終点の沓形に到着。ここで鴛泊港方面行きのバスへ乗り換えます。バス停のすぐ横にはセイコーマートがあり、待ち時間を過ごすには便利です。

乗り換えを済ませ、引き続き島の西側を北上します。

利尻島には性格の異なる港が複数設けられ、それぞれに役割を分け合っています。

礼文ー利尻航路の一部の便が沓形港にやって来る

島の西側に位置する沓形(くつがた)港は、利尻でも早い時期に整備が進んだ港です。沖合に武蔵堆という好漁場を控え、古くから漁業で栄えてきた地。近年は港湾整備が進んで大型客船の寄港も増え、砂利や石材を積み出す物流拠点としての役割も担うようになりました。

■参考:4

こちらは利尻町役場。行政区分としての利尻町が生まれたのは1956年のこと。当時、島内には沓形・仙法志・鴛泊・鬼脇という4つの町村がありました。このうち、まず沓形町と仙法志村が合併して利尻町が誕生。その半月後、残る鴛泊村と鬼脇村が手を結び、東利尻村(のちの利尻富士町)が生まれています。

沓形を過ぎると、海の向こうに礼文島の南端部が見えてきました。

利尻富士は島のどこからでも見えるはずですが、相変わらず見えず。

こちらは利尻空港(利尻富士町)。JAL系列のHAC(北海道エアシステム)が、札幌の丘珠空港とのあいだを1日1往復、夏季にはこれに加えて、新千歳空港とを結ぶANAも1日1便就航しています。

そして、鴛泊に帰ってきました。ここにはセイコーマートだけでなく、北海道や東北を中心に展開するDCMニコットの店舗も。日用品から食品、衣料まで幅広くそろうお店です。利尻島は礼文島よりも都会的といえるでしょう。

鴛泊港は稚内港および礼文島・香深港とのあいだにフェリー航路が結ばれ、利尻空港も近いことから、多くの観光客が鴛泊から島に入ります。まさに、利尻島の玄関口となっている集落です。

ファミリーキャンプ場のバンガローに宿泊

路線バスに揺られること約2時間、島をぐるりと1周してきました。この日の宿は、利尻島ファミリーキャンプ場「ゆ~に」。

「利尻富士温泉保養施設」の向かいにあり、最寄りは「温泉」という、そのままの名前のバス停です。鴛泊の港までも歩いて20分ほどで行くことが出来ます。

名前の「ゆ~に」とは、アイヌ語で「お湯のあるところ」を意味する言葉で、すぐそばに温泉が湧いていることに由来するのだとか。

こちらが宿泊した4人用のバンガロー。料金は1棟貸しで6,000円、これに入場料が1人600円、宿泊税が1人100円加わります。

中には2段ベッドが2つ。ケトルも備えつけられていて、利尻富士町のWi- Fiも問題なく繋がりました。風呂はありませんが、目の前が温泉なので、困ることはありません。共同のお手洗いも清潔で綺麗でした。

絶景スポット ペシ岬

時刻はまだ15時。暗くなるまでもう少し時間があります。

雨も上がって空が晴れてきたので、絶景スポットとして知られる「ペシ岬」へ行ってみることに。キャンプ場からペシ岬までの距離は1.5kmです。

海沿いにそびえる標高90mこの山?岩?の上に展望台があります。こうして見ると、結構角度が急です。

ここから階段を登っていきます。

途中に「会津藩士の墓」がありました。1808年、会津藩は江戸幕府より、ロシアの襲撃に備えて蝦夷地を守る任を命じられます。幸いロシアとの交戦はないまま任務を終えたものの、その間に島で亡くなった藩士が多くいたそうです。

我が子を抱っこしてこの道を登っていくの結構大変

そもそも利尻島には、およそ1万年前には人の営みが始まっていたとされています。もっとも、文字記録の乏しい時代のことは今も多くが謎のまま。江戸時代以前の歴史については、調べても情報が出てきません。

15分ほどで展望台に到着

江戸時代に入ると、松前藩や近江商人がこの島に交易の拠点を置きます。その営みを足元で支えたのがアイヌの人々。豊漁や航海の無事を願って建てられた社や、当時の奉納物が今も島に伝わっているそうです。

鴛泊港

幕末以降になると、松前や青森、秋田から出稼ぎの漁民が渡ってきて、新たな漁場を切り拓いていきました。

反対側は礼文島

海を介して人とモノが行き交ったこの島の歴史と生活文化は、「利尻島の漁業遺産群と生活文化 ~海の道がつくりあげたヒトとモノの交流史~」として北海道遺産にも登録されています。

この先も道はありますが、引き続き急な階段が続き、景色は十分に楽しめたので、ここで引き返すことに。

バスの1日乗車券がまだ使えるので、帰りは鴛泊港からバスで帰りました。

17時半すぎ、温泉の足湯(無料)に入ってこの日は終了。夕食は持参していたもので適当に済ませました。

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今回はここまで。本日もありがとうございました。

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天気が悪かったので、路線バスの1日フリー乗車券を活用して、車窓を楽しみながら雨の利尻島を1周してみることに。鴛泊港を出発し、鬼脇・仙法志・沓形を通り、鴛泊に戻って来る約2時間の観光です。この日はキャンプ場のバンガローに宿泊。夕方になって空が晴れてきたので、歩いて絶景スポットのペシ岬にも足をのばしました。

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